研究課題/領域番号 |
19K01777
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
木越 義則 名古屋大学, 経済学研究科, 教授 (00708919)
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研究分担者 |
平井 健介 甲南大学, 経済学部, 教授 (60439221)
竹内 祐介 東京都立大学, 経営学研究科, 准教授 (30711238)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 水資源 / 工業用水 / 日本帝国 / 重化学工業化 / 上水道 / 戦時経済 / 植民地 |
研究実績の概要 |
①最終年度の成果:最終年度はこれまでの研究成果を集大成するための論文執筆を行った。研究代表者は戦前期日本帝国の上水道事業について総論を担当した。2名の研究分担者はそれぞれ台湾,朝鮮の事業について総論を踏まえた論述を行った。論文を執筆するにあたり,年度内に3回の会議をオンラインで実施した。第1回(8月3日)は論文の構成について検討し,第2回(12月14日)は各自の初稿に基づいた議論を行った。そして第3回(3月8日)は加筆修正を踏まえた確定稿に向けた最終調整を行った。現況では成果論文の日本語の本文が完成したが,論述の基礎となるデータと典拠の最終チェック,そして英語版の作成を残している。今後,最終成果論文を英語で公表する予定である。 ②研究期間全体を通じての成果:本研究の目的は,日本が実施した上水道事業を対象として,水資源が戦前期日本植民地の工業化に及ぼした制約を解明することであった。本研究は,日本帝国の工業用水の建設は1930年代から日本政府が戦争遂行のために推進した重化学工業化の中で本格化したことを明らかにした。それ以前の日本帝国の上水道事業は,開港都市と大都市圏を中心に開始され,地方にも漸次的に拡張されたが,1920年代まで1人当たりの都市給水量は現在の消費量の3分の1未満であった。この水準は軽工業を中心とした産業構造下では十分であったが,重化学工業化を推進する上では不十分であった。日本はこの制約を克服するために,戦時期に拡張工事を植民地においても展開した。その工事は戦時の目標に到達する前に敗戦を迎えたが,戦時工業の拠点となった都市では水の供給量が拡大した。このように,日本帝国の工業用水施設は,日本が各地に残した戦時工業化の「遺産」の一部になった。今後の研究課題の一つは,東アジアの各国が戦後進めた工業化の中で,日本が残した水道施設がどう利用されたのかについての解明になろう。
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