本研究の核心的な問いとして、三つの問いを設定していた。(1)相場違えが近世期の経済に与えた影響とは何だったか?(2)三井越後屋の価格算出法「小判六十目之掛法」とはどのようなものか?(3)幕府の貨幣改鋳政策に対して商人はどのように対応したのか? これらの問いに対し、本研究は最終年度にあたる本年度に、二つの論文執筆によって研究を結実させた。論文A:江戸小判六十目、論文B:三井越後屋の「小判六十目之掛法」の両論文である。(1)の問いへの解答が論文A、(2)の問いへの解答が論文Bとなる。(3)の問いに対しては、両論文内で多角的かつ綿密なる検討を加え詳述している。 概要を述べれば、論文Aは、江戸商品市場の1両60目固定相場と上方変動相場の間に生じる東西相場違えによって、下り物価格が甚大なる影響を受け、時に経済的・政治的な大問題となっていたことを明らかにした。特に江戸での金銀固定相場については、これまで学問的に認知されてこなかった事柄であり、新たな知見を提供できたと考えている。論文Bは、近世期に現金掛値なし商法の代表のように思われてきた三井越後屋が、享保期に打ち出した新商法こそ「小判六十目之掛法」であり、これまで未知だったその商法に関し、委細を極めた論述を試みた。これにも(1)の主題が深く関わっており、東西相場違えを基に掛率を決定し、正札を二倍した倍札を下り物商品に付け、掛率と倍札で江戸売価を即座に算定するものであった。この商法は、迷走する幕府改鋳政策に対する極めて柔軟性のある対応策であった。 与えられた時間を最大限に使って現時点の理解にまで辿りつけたことは、研究の達成度として評価できるものと考えている。2本の論文は、委細を尽くしたものをディスカッション・ペーパーとし、それを簡潔にまとめて査読誌への投稿を済ませたのが現状となる。学術誌への掲載がかなえば、更なる学問的寄与がかなうことになろう。
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