研究課題/領域番号 |
19K01779
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
藤村 聡 神戸大学, 経済経営研究所, 准教授 (00346248)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 人事政策 / 賃金構造 / 内部不祥事 / 規律違反 |
研究実績の概要 |
本年度(2022年度)の後半からはコロナによる出張自粛の解除を受け、2年近く休止していた史料調査を再開した。しかし主要な調査対象地域の東京では、都立中央図書館は事前予約制の上で入館人数や利用時間を制限する措置が取られた(2023年5月時点では解除されている)。こうした措置は他の資料保管機関でも同様であった。調査環境がコロナ前の状態に十全に復旧したわけではなく、その影響で史料採集は予定通りには終了していない。 そのため、むしろ目を転じて他地域の図書館や文書館に出向いて調査するよりも、すでに大学の図書館に納められている文献や、一応の整理が済んでいながらも細部が未了の原史料のデータ整理と再分析を進めた。まず三井物産に関しては、従業員の回顧録などを通じて戦前期の社内状況の把握を試み、過去とは異なる視点から史料を読み直した結果、想定していなかった事態が社内で発生していた史実を発見し、論文として未発表のため詳しい内容は伏せるが、重要かつ新しい知見を得た。兼松については男性従業員約600名の職務履歴[入店年月と年齢、勤務年数、各年の給与、職位、異動、退職年齢など]はすでに整理が終わっているものの、未完了であった倉庫員などの雑員や女性従業員の職務履歴を整理し、雑員が起こした内部不祥事の実態の理解を深めた。 現時点までに、投機取引で経営破綻した古河商事の「大連事件」、戦前期の三井物産を題材に従業員の学歴と不祥事の発生頻度の関連性を明らかにした長期時系列データの作成のほか、不況期に鈴木商店や茂木など経営破綻した商社と、生き残った商社の違いが大戦景気を受けた人員の急増(あるいは抑制)という人事政策にあり、またそれは内部統制の弛緩や不祥事の発生原因になっていたことを指摘する論考を発表できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2023年度は積極的に史料調査を行い、データの蓄積及び分析に努めたい。特に三井物産については三井文庫の経営原史料を対象にした数次の調査が必要である。とりわけ人事政策を深く理解するためには『支店長会議録』など意思決定に関する史料を注意深く読み込むことが必須になっているほか、すでに分析中の不祥事の事案に関しても、不祥事そのものはもちろん、その周辺に関する事項[不祥事が行われた商品の取引慣行など]を明らかにする必要がある。 兼松については人員データの整理は完了したので、不祥事を起こした従業員の当時の状態[賃金や職位など]を確定しながら、その不祥事の事案に対する重役間の議論や対応を詳細に史料で分析している。従業員数が100名程度で経営規模が比較的小さな兼松では、内部不祥事が起こることは稀であったが、逆に発生した際には(いささか重役たちはパニックになったせいか)、詳細な報告書と対策が作られた。たとえば昭和期に発生した不正取引による巨額損失事件については数十ページに及ぶ調査報告書が社内で作成されて重役間の議論に供されており、そうした文書の考察を行っている。 その他の商社に関しては茂木合名・大倉商事・鈴木商店などは、まとまった内部文書は残されていないものの、社史や経営者の回想録から断片的に社内の状況を再現することが可能であり、様々な史料を活用して規律の弛緩や内部不祥事の実態の解明を進めている。 このほか商社に限定せず、視野を広く取って他業種や現代の企業で起こった内部不祥事(たとえば鐘紡の不正会計処理や安宅倒産など)の諸文献も採集し、不祥事を起こした従業員や会社の心理の理解に努める。その際には、歴史学だけではなく、視野を哲学や社会学に広げてギデンズやフーコーによる理論的な議論を充分に意識しつつ、史料の分析を深めたい。
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今後の研究の推進方策 |
これまで20年以上にわたって、神戸大学経済研究所が原史料を架蔵する貿易商社・兼松を中心に、戦前期の商社に関する論考を発表してきたが、今回の不祥事分析の完了を以て、そうした研究成果を一冊の論著にまとめて刊行したい。 その内容は大きくは2部構成に編成し、第1部では商社の人事政策の展開と商社の特徴的な賃金構造を明らかにしたのち、第2部では商社で発生した内部不祥事の実態を通じて業務や人員構成(従業員における学卒者の割合が他の業種と比較して商社は極めて高い)の特殊性を検討する。それは単に商社という一業種の研究だけでなく、近年議論がやまない高等教育の意義の考察につながると期待している。 論著の刊行にはまだしばらく時間が掛かるものの、2022~2023年度はその重要な基礎作業を終える期間になるように務めたい。具体的には2023年度は少なくとも兼松で発生した内部不祥事に関する論考を作成して刊行するが、それ以外にも他の商社の知られていない内部統制に関する貴重かつ重要な文書を獲得したので、その分析と発表も検討中である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度はコロナ禍による出張自粛要請がようやく解除されたものの、基本的な史料調査を再開するに留まり、論文作成に必要な補足的な史料採集と分析、そして論文作成には至らなかった。史料調査の不調のため、計画していた通りに予算支出を遂行できなかったが、2023年度には積極的に史料調査を実施する予定である。 直近10年間(2012年以降)では13本の論文を発表しており、単純には年1.3本のペースであるものの、言うまでもなく歴史学の史料分析は膨大な手間と時間が掛かり、そのため論文発表がない年も過去には存在する(その際には翌年に複数の論文を発表している)。2022年度は、前年度に日本語論文2本と海外レフェリー雑誌に英語論文1本の合計3本を1年間で発表し、その余波を受けて2022年度は論文発表はゼロとなった。 ただし採集した史料の整理と分析は、遅れながらも進捗しており、2023年度から次年度にかけて、分析が終わり次第に論文を作成して順次発表する予定である。2023~24年は他の研究テーマと併せて日本語論文2本(うち1本は査読付き)、海外レフェリー雑誌に英語1本の発表を期したい。
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