研究課題/領域番号 |
19K01781
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研究機関 | 東京都立大学 |
研究代表者 |
竹内 祐介 東京都立大学, 経営学研究科, 准教授 (30711238)
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研究分担者 |
兒玉 州平 山口大学, 経済学部, 准教授 (30644405)
李 海訓 東京経済大学, 経済学部, 准教授 (70757278)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 北満 / 満洲国 / 満洲国有鉄道 / 畑作農業 / 亜麻 / 軍需 / 旭硝子 / 化学工業原料 |
研究実績の概要 |
最終年度は、代表者・分担者が個々で順次成果発表する方針をとり、3月には一年間の研究成果を相互に確認する研究会を実施した。 竹内は、1936~1941年の満洲国内の貨物輸送の地域別特徴と、旧中東鉄道の貨物輸送動態を検討し、以下の点を明らかにした。1936年には発着共に全満洲の50%以上を占めた旧社線が、戦時期の1941年には比率を落とし、代わりに北満東部の比重が上がったこと。1941年には旧社線の工業製品と他地域の一次産品という、満洲国内の地域間分業が1936年より明確になったこと。北満鉄道の内、旧中東鉄道は北満全体の30-40%程度であり、軍用品輸送でも1941年には30-40%程度に比重が落ちたこと。 李は満洲国期における北満畑作農業の変化の特徴である亜麻に焦点を当てた。北満では1930年代以降本格的に亜麻生産が展開され、帝国最大の生産地となる。その要因は、第一に、満州における繊維用亜麻資源開発のために日本から種子が持ち込まれ、第二に、亜麻が軍需品であるため、度重なる戦争によって1930年代に需要が拡大し続けた点にあった。北満に亜麻栽培が導入される際に、亜麻栽培は現地農民に経済的利益をもたらすとされたが、実際には北満現地農民は亜麻を栽培すると損する状況だった。 兒玉は満洲における大豆粕を始めとする化学製品の流通変容を明らかにする前提作業として、日本内地の旭硝子のソーダ灰販売を事例にその解明に取り組んだ。1929~1930年度のソーダ灰の第2次ダンピング期において、旭硝子は板ガラス部門では競合する日本板硝子に販路を求めることで販路拡大を実現した。これは輸入ソーダ灰との品質差を利用した販売戦略であり、この結果旭硝子は日本板硝子に対して優越的な地位を獲得した。そしてこの地位が、1930年代の満洲国のソーダ灰製造・販売の独占にも影響を及ぼした可能性がある点を示唆した。
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