研究課題/領域番号 |
19K01792
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
中野 忠 早稲田大学, 社会科学総合学術院, 名誉教授 (90090208)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ロンドン市 / 自治体財政 / 政府財政 / 貸付 / 課税 / 王政復古期 / 名誉革命 / 金融革命 |
研究実績の概要 |
資料調査:本研究のための基本的資料は、ロンドン首都文書館(LMA)に所蔵されているローン関連記録(COL/CHD/LA/02)である。200点ほどからなるこの資料の重要部分はこれまでの調査で撮影を完了しているが、分析を重ねるうちに撮影漏れや判読不明な部分もあることが判明した。本年度はLMAでこの部分を原資料にあたってチェックし、ロンドン市のローンと財政に関連する他の資料(City‘s Cashなど)を調査し、あわせて他の文書館(国立公文書館やイングランド銀行資料室など)で関係資料を閲覧・調査する予定であった。しかしコロナの影響で渡英できず、この計画は中止となった。したがって、本年度は以下のことに専念した。 史料の転写・入力、解析:前年度までに撮影完了している資料を解読し、借入目的、担保となる税収、徴収方法、貸付額、貸主、利子支払い、元金償還などについて年度ごとに整理し、王室(政府)ローンに関するデータベース(Loan Table)を作成する作業を継続した。 関連研究・文献のサーヴェイ:現地調査ができなかった分、刊行史料や二次文献の調査に時間をさき、ロンドン市財政の実態をより広い視野から分析するための背景について理解を深めることができた。1666年のロンドン大火、財務府の支払い停止、権限開示令状の影響、いわゆるトーリ反動、外交関係(特にフランスとオランダ)と外国貿易の変化など、政治史的、経済史的背景に関連する文献・研究の調査を進めた。さらにロンドン市とその財政をより長期的視点から位置付けられるように、市民と市民権に関する最近の文献をサーべイし、研究動向としてまとめて発表した。特に注目したのは、「都市的共和主義」と呼ばれる中世都市以来の伝統である。そこに見られるaccountabilityの問題が、ロンドン財政の性格を検討する際の一つの鍵となると思われる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
データベースの構築:イギリスでの調査ができなかったため、予定以上にこの作業に時間を割くことができ、写真撮影済みのローン資料のほぼ8割程度のデータ処理を済ませることができた。ただし、欠落部分の追加・修正などの補正作業が残されている。本年度は イギリスでの資料チェックを予定しているが、不可能な場合には、現地のスタッフに写真撮影などを依頼することも予定している。 これまでの成果:本研究の基礎資料(COL/CHD/LA/02)自体、体系性にかけ、未調査の部分も残されているため、最終的な結論は今後の研究をまたねばならないが、これまでの研究で明らかとなった暫定的成果は次の諸点である。1660~1678年の間に、70万ポンドあまり、名誉革命からの5年間には、それをはるかに上回る約315万ポンドが国王(政府)に貸し付けられた。いずれも税を担保とする借入で、税収入が財務府や必要部署に届くまでの財政資金の確保、事実上の税の前払いの性格のローンだった。名誉革命後のロンドンのローンが急増した直接の要因は、戦争遂行のための課税の増加であり、そのための「前貸し」の必要性の増加である。貸付は、いずれも実際に税が徴収され次第、利子支払と元本償還が行われる極めて短期のものであった。 現在利用できるデータから判断するかぎり、利子の支払いと元本の返済は、とくに大火やオランダ戦の混乱の時期を除いて、多少の遅滞はあったにせよ、貸し手に対し果たされた。利子は6%から10% の幅があったが、貸し手に半年ほどを単位に確実に支払われた。そのことが、貸し手の範囲を広げる結果となった。王政復古の初期には区の有力住人にほぼ限られていた貸し手は、シティの範囲を超えて、近隣の州の住民にも広がった。シティの住民の中には彼らのための代理人となる者がいた。ロンドンの財務室がこれらのローンの仲介役、調整役として活動した。
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今後の研究の推進方策 |
データベースの完成と分析:ロンドン市のローンに関して、ローンの総額、分担者の職業、性別、住居、分担額、エージェントの有無などを分類したデータベース(Loan Table)を完成し、分析を行う。 本研究で予想される結論の一つは、区やカンパニーが分担する半強制的な課税方式から、任意方式へと借入金の徴収方法が変化したことである。もう一つは、この変化に対応して、ローンの分担は貸し手にとって利子の取得を目的とした一種の投資と見られるようになったことである。貸し手には市民やカンパニーの成員だけでなく、女性やロンドン市外の住民も少なからず含まれていた。その基礎には、ローンを集め財務府に送り、財務府から貸し手への利子の支払い、元金の償還を引き受けるロンドン市財務室の役割が確立したことにあった。これを検証するために、今後の課題として、ローンの分担者(貸し手)を、孤児財産の預託者、財務室への貸付人、さらに当時の特権貿易会社やイングランド銀行の株主などと照合し、どの程度の重複が見られるかを調べる。 史料の調査と確認:これまで利用してきた史料の再確認(撮影漏れ部分などのチェック)、NAでの最低限必要な史料調査のため、数週間程度、ロンドンに滞在する。 最終的成果の公表:データ分析で得た結果をもとに、当時の一般的経済的状況や政治的背景をも考慮しながら、この時期のロンドン市と政府ローンの歴史的意義について検討する論文を用意し、研究期間中に国内の学会誌に投稿できるよう準備を進める。また本研究の成果を、中世や近世のロンドン市と王室の財政的関係、さらにロンドン市の統治・市民制度の連続性と変化という、より長期の視点から総合する試みを続ける。その成果は、現在本研究と並行して準備を進めているロンドンの財政史に関する著書の一部として刊行するつもりである。
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次年度使用額が生じた理由 |
20年度に計画していたイギリス(ロンドン)での資料調査が実現できなかったため、その分を本年度に使用する。
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