研究課題/領域番号 |
19K01883
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
水村 典弘 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 教授 (50375581)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 不適切な広告表現 / SNS炎上 / 認知バイアス / QCT |
研究実績の概要 |
当初に予定していたアンケート調査については、COVID-19前後の変化をデータで比較できないため実施しなかった。だがしかし、本年度についても、コンプライアンス推進の体制の死角で起こる社内・職場不正について実地で得られる情報や生の声を基に掘り下げて検討した。具体的には、現場で働く社員や取締役・執行役員を対象としたコンプライアンス研修(複数回・社名当非公開)の場で知り得た現場の生の声や現場情報と行動倫理学の分野・領域で発見されたバイアスとを紐づけて「意図せぬ不正」の因子を特定した。こうした一連の研究成果については、「企業不正の分析と検証」として題して学会で報告した。
また、昨年度に引き続きNDAを締結したT社の協力を得て、会社側の「意図せぬ不正」がSNSユーザーのネガティブな感情を引き起こす原因分析をアクションリサーチの手法で行った。具体的には、不適切な製品・広告等表現が原因で炎上した事例を行動倫理学の観点から分析して、製品デザインや広告等表示がSNSユーザーのネガティブな感情(違和感や不快感・怒りの情動)を喚起する連想のメカニズムを明らかにした。また、研究者と実務家との交流を目的としたプラットフォーム上で「製品表現・広告表示の倫理」と題した報告を行うとともに、「製品表現と広告等表示の倫理」と題して学会報告した。一連の研究成果は、「広告を見て不快感や違和感を覚えた人が怒りの情動に駆られてSNS上で批判・攻撃モードを発動させる原因」を特定するもので、行動倫理学の研究成果の実務展開の可能性を拓くとともに、製品・広告等表現の倫理を担保するための仕組みをモデル化して水平展開する上で重要な意味を持つ。
本年度中に得られた一連の研究成果は、コンプライアンス推進の体制の死角で起こる不正を記述的に説明する際に有効で、「なぜ人は不正を働くのか」を紐解く行動倫理学の理論化を図る上でも重要な意味を持つ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ごく普通の会社員が知らず知らずのうちに不正や悪事に手を染めるのはどうしてなのか。この問いに対して、本年度中の研究で明らかにしたのは、「お客様のため」という観点である。具体的には、顧客・取引先の求める「高品質」「低コスト」「短納期」が誘い水となって、背に腹は代えられないとばかりに不正な行動を選択することがある。「先様の期待や要望に応えたい」という気持ちが、規範意識の希薄化を招き、延いては不正な行動選択を正当化するのである。加えて、当事者間の決め事や約束事を明文化しないで属人的に事を進める「阿吽の呼吸」の影響もあって、「最も大切なお客様のためには、多少の法令違反や不正には目をつむる」といった実態も浮き彫りになった。
さらに輪をかけるかのように、(1)人手不足(=仕事に必要な知識やスキル・技術を持つ人が足りない)、(2)時間外労働の上限規制の強化やノー残業デーの導入(=仕事量が多いのに残業できない)、(3)予算達成圧力の問題(=売上目標の達成はMUST)が不正の引き金となることもある。本年度までの研究で次第に輪郭をあらわにしだしたのは、ないない尽くしの企業では、コンプライアンス対応にまで手が回らないという現実である。併せて、疚しい気持ちを心のどこかに抱きながら、社内や職場の空気に呑まれて「まぁ、いいか」とばかりに「コンプライアンス」を右から左に受け流してなんとも思わなくなっていく組織人の姿である。
当初に予定していたアンケートについてはコロナ影響下で実施できなかった。さはありながら、行動倫理学の観点から上記2点の日本固有の不正の発生要因を導き出すことができたのは本年度中の重要な成果である。特に、アメリカで生成・発展・確立した行動倫理学の分野・領域で発見されたバイアスが日本の会社組織で働く個人に対しても適用可能だという事実は、日本における行動倫理学の理論化を図る上でも重要な意味を持つ。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終年度については、研修ベンダーの委嘱を受けてこれまでに実施してきているコンプライアンス研修の場で得られた情報やデータと、NDAを締結したT社(その他製造業)と新たにNDAを締結するM社(製造業)で実施する研修及びコンサルティング業務を通して得られる現場の生の声や情報・データとを基に「日本の会社組織における職場不正の発生要因」を行動倫理学の観点から明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度中に予定していたアンケート調査が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で実施できなかったため、次年度使用額が生じた。翌年度分として請求した助成金については、本研究の内容充実に必要な調査、本研究の成果を広く社会に発信するため必要な経費、及び本研究の成果について社会と対話するために必要な経費に充てる予定である。
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