本研究の最終年度は、これまでに得られた知見と研究の成果を基に「なぜ人は不正を働くのか」について包括的な研究を実施した。本年度中の研究で明らかになったのは、不正な行動を選択する人間心理は複雑だ、ということだ。言い換えるなら、現場で働く社員が不正に手を出す要因は必ずしも一元的でなく、様々な要因が複雑に絡み合って不正な行動が選択される、という歴然たる事実である。本年度中に実施した研究の成果については、査読付き学会誌(国内誌・国外誌[韓国])に掲載された。
「現場で働く社員は何を思って不正を働くのか」「現場で働く社員は"コンプライアンス"に何を思うのか」を実地調査・ヒアリング及びアクションリサーチの手法で明らかにすることができた。具体的には、相手先コンプライアンス部門との間でNDA契約を締結して実施した「(一般社員・管理職・執行役員・取締役対象の)コンプライアンス研修」(東証プライム・スタンダード上場各2社)と、社内不正の発覚を受けて全従業員を対象に実施した「就業意識アンケート」(東証スタンダード上場1社)とで得られた現場の状況や社員の声を基に不正の当事者が抱く感情を臨床的観点から調査・分析した。こうした一連の研究から浮かび上がってきたのは、現場に蔓延る「お客様至上主義」の発想(=顧客・取引先の求める高品質・低価格・短納期に応えるべきだとした現場の空気)と、ないない尽くしの現状(=慢性的な人不足、「残業=悪」の風潮下での労働時間の制約、徹底した予算主義)の狭間で進退窮まって、「背に腹は代えられぬ」「不正もやむなし」とばかりに不正に手を出す社員の姿である。
本年度中に得られた知見と研究の成果は、コンプライアンス推進体制の死角で起こる不正を記述的に説明する際に有効であるとともに、意図的な不正に照準を絞る組織行動論のアプローチとは異なる行動倫理学の理論化を図るうえで重要な意味を持つ。
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