研究実績の概要 |
当年度は、企業成果への貢献に見合う報酬の支払いが1期間では達成されないケースを想定したうえで、現行の会計制度における持分(equity)の概念を再検討した。現行制度では、企業による投資の正味の成果(純利益)がすべて株主に帰属することになっており、分配されずに留保された成果(利益剰余金)もすべて株主の取り分とされている。それが、会計情報を利用した株式価値評価モデルの前提にもなってきた。しかし、投資政策により企業に生じるフリー・キャッシュフローの現在価値(投資価値)と、還元政策により企業から分配されるキャッシュフローの現在価値(分配価値)とを区別する観点(DeAngelo and DeAngelo, 2006 and 2007)からは、投資成果の不確実性だけでなく、その帰属と分配の不確実性・不確定性にも目を向け、会計上の利益と持分の概念を再考する必要がある。 企業と従業員との間の情報の非対称性を考慮すると、各期に従業員の貢献ないし生産性に見合う賃金が支払われるとは限らない。たとえば、若年期には生産性にてらして過少な賃金が支払われ、それが高年期の賃金の過大支払いによって相殺されると期待される長期契約のもとでは(Lazear, 1979)、後払いとされた賃金は将来の企業成果のリスクを負う従業員からの見えざる出資とみられる(加護野・小林, 1988, 243頁)。このように、企業成果への貢献に見合う賃金の支払いが多期間にわたって達成されると期待されるケースでは、各期末の株主資本(バランスシート上の株主持分)は、従業員による見えざる出資分だけ過大となりうる。 そうしたケースを前提に、当年度は、前年度までの研究成果も踏まえ、会計主体論ないし持分会計論の観点から、企業成果をめぐる帰属の不確実性・不確定性に対する会計の限界と展望を明らかにした。
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