研究課題/領域番号 |
19K01994
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
太田 康広 慶應義塾大学, 経営管理研究科(日吉), 教授 (70420825)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 防衛調達 / 契約監査 / インセンティブ契約 |
研究実績の概要 |
原価監査付き防衛調達契約を不完備情報ゲームとしてバイナリ選択肢で定式化したモデルを以前分析していたが、これは場合分けが多くなりすぎて扱いにくい。また、最適なコスト・シェアリング・レシオが存在しない(最適点にかぎりなく近づけることはできるが、その極限では別の均衡に移ってしまう)ので取扱いが難しい。場合分けの鍵となる変数は原価低減成功確率なので、原価低減が原価低減コスト連動のポワソン過程にしたがうと仮定したら、内点解が一意となり随分扱いやすくなった。比較静学の結果も以前の結果と本質的には変わらない。 ゲームの設定を現実に近づけるため、監査例外を発見した場合のペナルティが国防予算(防衛予算)に戻し入れられるかどうかについて調査をする。日本の場合は一般の歳入になり、アメリカの場合は議会の判断のようなので、ペナルティを取得する目的で熱心に原価監査をするという設定は非現実的である。しかし、このペナルティ収入を消してしまうと国防総省(防衛省)が監査をするインセンティブがなくなってしまうので、不完備情報の一般化ナッシュ交渉解を使って国防総省(防衛省)の便益を請負業者と分け合うかたちにする定式化が考えられる。 モデル分析のほか、アメリカ国防総省の調達と契約監査の仕組みについて調査を完了した。国防総省の下、防衛契約監査庁(DCAA)があり、先行価格率監査と発生原価監査とを実施している。防衛調達契約締結前の先行価格率監査による監査例外金額がもっとも大きいので、これを明示的にモデルに取り込むことが重要である。 さしあたり、先行価格率監査も発生原価監査もない設定で、不完備情報の一般化ナッシュ交渉解を求めることができた。しかし、2つのタイプの請負業者と国防総省(防衛省)のゲームなので、三次関数の解となり、平方根が残る。このゲームに2種類の監査を導入するのはあまり現実的ではない。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究の概要でも書いたとおり、不正に関与した請負業者から徴収されるペナルティは、必ずしも国防予算(防衛予算)に戻し入れられるとはかぎらないため、国防総省(防衛省)にペナルティを多く集めるという契約監査の実施インセンティブを与えるのは不適切である。ここで、国防総省(防衛省)に対してアドホックな固定額のペナルティを与えるのもできるだけ避けたいとの考えから、ナッシュ交渉解の利用を考えた。請負業者が市場を独占しているとき、国防総省(防衛省)にすべての交渉力があると考えるのは不自然なので、その意味でもこの定式化は望ましいように感じられた。 しかし、請負業者にタイプのある不完備情報ゲームの場合、通常のナッシュ交渉解は使うことができない。そこで、不完備情報ゲームに対する一般化ナッシュ交渉解を利用することとした。(この定式化は、確率と効用関数を意味のあるかたちで分離できないとする確率不変性の公理を侵すという議論はあるものの、分析対象のゲームでは、プレーヤーはすべてリスク中立なので、この点は考慮しなかった。) 2つのタイプの請負業者と国防総省(防衛省)の3人のプレーヤーがいるため、一般化ナッシュ交渉解は三次関数の実根となり平方根が残る。先行価格率監査や発生原価監査のない想定で明示的に解くことができたものの、ここに契約監査、とくに発生原価監査を導入するのはすぐには分析可能性が見通せない。 そこで、いったん、交渉ゲームの設定を諦めて、国防総省(防衛省)にすべての交渉力のあるシュタッケルベルク・ゲームの設定で考えることとする。不正に関与した請負業者からのペナルティを受け取らないと国防総省(防衛省)に監査を実施するインセンティブがないので、いささかアドホックではあるが固定額のペナルティを導入した。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策としては、従来の発生原価監査付き防衛調達ゲームを改変し、原価低減をポワソン過程と仮定したモデルを前提に、不正に関与した請負業者のペナルティを国防総省(防衛省)が受領することなく、不正を見逃したときに固定額のペナルティがかかる利得構造の下で、発生原価監査を導入して分析する予定である。これはすでに分析の終わったモデルと大きくは違わないので、おそらく比較的スムーズに分析が終了し、比較静学まで進めることが期待できる。 しかし、実務上、監査例外の指摘が多いのは、先行価格率監査である。この点をモデルに取り込み、防衛調達契約を締結する前の監査で不正が発覚した場合には、請負業者は真実のタイプで契約を締結するものと考える。難しいのは、高コスト・タイプはつねに高コストが実現すると仮定しているので、一括均衡で高コスト・タイプと偽り、先行価格率監査でそれが発覚しなかった低コスト・タイプが原価低減シェアリングのプロセスでどのように振る舞うかである。これは、おそらくシェアされる原価低減の大きさと不正関与ペナルティの大小関係で場合分けが生じる。 ただ、そのような分析の精緻化に経済的な意味があるとは考えにくい。高コスト・タイプの場合、つねに高コストが実現するという仮定は分析を単純化するための便宜上の仮定である。簡単化のための仮定で分析が複雑になるのは本末転倒なので、高コスト・タイプでも小さな確率で低コストが実現すると仮定を変更する予定である。 それだけの設定変更の下、先行価格率監査を導入し、均衡解を求めて、比較静学を実施したい。とくに関心があるのは原価低減シェアリング・レシオである。その次のステップは、一般化されたナッシュ交渉解で、先行価格率監査と発生原価監査の影響を分析することである。ただ、これは実質的に別の研究となろう。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍のため、国際学会への参加が叶わず、旅費が未支出となっている。次年度以降、コロナ禍が落ち着いてから国際学会へ参加し、報告する旅費に充当する予定である。
|