本研究課題は、東日本大震災後の新しい社会学的課題としての「想定外」あるいは「無知」を、社会学的に分析していくための理論枠組みの構築を目指すものである。リスクガバナンスの枠組みは、どんな性質のリスク(単純/複雑/不確実/(規範的・解釈的に)多義的)を問題にするかに応じて、リスク評価やリスク管理、リスクコミュニケーションの有り様を使い分けるという考え方を中軸にしたものだが、さまざまに意味づけが可能な問題事象をいかなるリスクとしてフレーミングしまたそもそもどんな事象をリスクとして「選択」するかは、この枠組みにとってもっとも困難な問題の一つだとされる。最終年度となる本年度は、こうしたリスクの「選択」という問題について、ベックの再帰的近代化論とルーマンのリスク論との比較をとおして分析し、本来向き合うべきリスクに向き合わず、そのリスクが「想定外」となってしまう可能性を浮き彫りにした。これは、「構造化された無知」とでも言うべき事態をもたらしうるものであり、社会学的無知論の核心に位置づけられうる論点の一つといえる。また、本年度は、「アフターコロナの社会経済システム」をテーマにした特集記事におけるコメント論文としてであるが、もう少し具体的な事象として、新型コロナ禍が、OECDのいうシステミックリスクに相当することをふまえ、レンらのリスクガバナンスのフレームワークを参照しながら、リスク評価に加えて「懸念評価」と呼ばれるものが新型コロナ対応においても重要になりうること、また(レンのいう)内的・外的リスク・コミュニケーションの検討が必要であること、を明らかにした。
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