研究課題/領域番号 |
19K02073
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
荻野 達史 静岡大学, 人文社会科学部, 教授 (00313916)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ひきこもり / 若者就労支援 / 精神保健福祉 / 厚生労働省 / 内閣府 / 政治改革 / 地方分権 / 家族主義 |
研究実績の概要 |
本研究は、フィールドワークが困難となったため、ひきこもり政策を現在の形に帰結させた歴史的・構造的背景を明らかにすることに比重を置くこととなった。2000年より開始されたひきこもり支援政策は複雑な道のりを辿ったが、その過程については既に拙稿(2020)で記述的に整理した。 追加資料として、ひきこもり政策について政治学的視点から研究したRosenthal(2014)に収録されている、政策形成に関わった精神科医や厚労省関係者など18名の語り(トランスクリプト)は特に仔細に検討した。このなかで新ガイドライン(2010)を作成した精神科医たちは、ひきこもりをいささか過度にでも「医療化」する必要があったと語っている。これは2005年前後から生じた就労支援政策化への批判であり、内閣府と厚労省との見解の相違があったとも明言されていた。その他にも、2009年以降の一次相談窓口の設置について医師たちはまったく不十分と認識していること、その窓口も人手不足であり、運営に関する費用負担については厚労省と自治体関係者双方が相手がより負担すべきと語っていた。 こうしたことから伺われるのは、90年代以降に進んだ「政治改革」(待鳥2020など)の影響も重視すべきことである。もとは厚生省が所掌した問題が、2001年に設置された内閣府の主導で就労支援の枠組みに引き込まれ、それにさらに対抗する形で「医療化」が図られたことになる。しかし相談窓口の設置を地方自治体の判断に任せる形になったことは、すでに90年代後半より急速に推し進められた「地方分権」の影響もあるものと思われる。 なお、すぐれて家族主義的であることもひきこもり施策の基本的な思考法であり、この点については、ガイドラインおよび政策形成の中心にいた医師の議論などを検討し、NPO法人日本家族カウンセリング協会に依頼された研修会にて報告した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
初年度の後半、新型コロナウィルスの感染拡大により、とくに保健所など地域保健機関での調査を継続することが困難となり、フィールドワーク中心の研究からひきこもり・若者就労支援政策について、より歴史的・構造的な研究も視野に入れることとなった。ただしこの時点では地域精神保健福祉のそれを念頭におきつつ、フィールドワークの可能性も残していた。 しかし2年目にもコロナの状況はその後改善せず、とくに保健行政に関わる対象者についてはたとえオンラインであってもコンタクトすることは到底できないこととなった。また4月に大学の始業が延長されオンライン授業に切り替えることが必要となり(夏季休業も実質的には例年の半分以下となった)、またこの状況への対応およびその他学内業務により多くのエフォートを割かれることとなり、研究に割ける時間は非常に少ないものとなった。 実績報告でも記した海外研究者によるひきこもり政策形成に関わった医師・行政職員等へのインタビューデータ(トランスクリプト)など、新しい資料から得られた政策形成過程に関わる情報は、これまでの自身の議論の前提を見直すきっかけとなった。たとえば一次相談窓口での分節・振り分けについての医師の見解や財政効率主義について、内実はより複雑なものであることが伺われた。またそのことにより、保健福祉行政という枠組みだけでなく、1990年代から2000年代にかけて進行した「政治改革」、たとえば省庁再編、内閣の主導性の強化、その一方での地方分権化というより大きな国家的枠組みの改編が、同時期に問題化され政策化の道をたどったひきこもり・若者支援政策にも大きな影響を与えていることが理解された。こうしたことは研究として必要かつ重要な展開と考えられる。ただし、こうした拡張された政治史的文脈との関連付けについては、現時点では系統的な探索・検討が行われているとはいえない。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、コロナ禍の影響により、ひきこもり・若者支援政策の現状が有する現場的・臨床的問題を明らかにすることから、こうした政策状況が出来した諸条件・背景を歴史的にも明らかにすることに向けられることになった。そして、この作業を一年余進めてきた結果、作業内容としては大きく変わるものではないが、その視点の置き方、分析の狙いについて再考することとなった(このことは質的研究における漸次的構造化の過程ともいえよう)。 方向性としては、以下で述べられる諸情報・諸分析を狭くひきこもり支援・若者支援政策を評価する地点に収斂させる視点から、日本の政治・行政の枠組みが大きく変換される過程で、メンタルヘルスを含む困難な問題がどのような制約と力学のなかでいかに政策的に成形されたのかを問う視点へと変換される。同時にその結果から逆照射する形で、この間の統治形態の変容(あるいはまたそれ以前から通底する基層)が有する含意や問題を明らかにすることも企図したものとなる。 具体的な作業としては、とくに1990年頃より進められた「政治改革」のなかでとくにひきこもり・若者支援政策と関わる側面を確定しつつ、それらの間で具体的にどのような作用が生じたのかを系統的・段階的に検討していくことである。まずは厚生行政、とくに精神保健福祉に関わる制度的な変容を「政治改革」との繋がりも含めて整理する。次に2000年頃の省庁再編と内閣府の設置が端緒についたひきこもり政策と若者就労政策に与えた影響について検討する。最後に、「地方分権」が強化された条件下で「厚生」行政が(その後の困窮者支援制度との関係も含め)どのような戦略的選択を行うことになったのかを確認する。最後に上記の再考された視点・企図に基づき、総合的な考察を試みる。なお、政策形成過程に関わった主な精神科医等には必要に応じてインタビューを行う可能性もある。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、岩手・福岡等へのフィールドワークを計画していたが、コロナ禍により不可能となった。しかし今年度後半になり、より広範な政治史的文脈への言及が必要となることが判明してきたため、文献・資料購入費用がより必要となっている。本年度の残額はそれに当てる予定である。
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