研究課題/領域番号 |
19K02090
|
研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
中村 正 立命館大学, 産業社会学部, 教授 (90217860)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 子ども虐待 / DV / 男性性 / 臨床社会学 / 暴力 / 親密な関係性 |
研究実績の概要 |
2019年度は第1年目であった。研究対象となる暴力加害男性は児童相談所と連携して当研究プロジェクトが組織した虐待する父親向けの脱暴力グループワーク参加者である。「男親塾」と名付けたグループワークを一年間24回実施した。参加者の平均は一回あたり5人であった。グループワークを録音する許可を得て、二台で記録をとり、グループワークを一回二時間かけて実施した。このグループは児童相談所と連携しているので、それぞれのケースワークとも連動させたものとして機能している。本研究は、このグループワークにおけるナラティブをデータと位置づけ、対象にしている。暴力加害者には、家族や親密な関係性での暴力は許されるという「主観的定義」があり、暴力と男性性にかかわる説明と動機の語彙でそれを語り、行動化をささえる思考、知識、信念を保持している。虐待する父親たちには単なる「更生」では届かない脱暴力臨床が必要であると本研究は考える。暴力を含んで成り立つ生活世界があり、そこに生きている様子をそのまま取り出し、それを言葉にして外在化することが脱暴力への協働を試みる取り組みになると位置づけている。男性性ジェンダーに由来する生活的慣習や行動の生態的現実の変容を可能にするための脱暴力臨床を体系化していく方策の構築に資するような研究となること意図している。グループワークでのナラティブをもとにして暴力の生成と認知と行動を支える「暗黙理論」を取り出す作業だともいえる。暴力を振るう者の日常生活や生きてきた軌跡に由来する意味づけを理解することから脱暴力臨床が可能になるという課題の輪郭を描きだしてきた。暴力を振るう者の被虐待の生育歴や行動履歴もここに包摂されている。こうした視点から加害者臨床・暴力臨床を構想するための成果を論文にまとめている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第1年目はこのグループワークを定期的に開催し、その記録をとることを確実にすすめた。当初の計画どおりに隔週毎に開催できた。現在までの把握の特徴は次の三点である。 第1に、本研究では虐待する父親たちの家族的日常生活の暴力と自己形成の関係を重視した。加害者の被虐待体験とそれを乗り越えてきたことが自己肯定として共通に語られていた。これは男性性ジェンダーのコアにある意識である。つまり、暴力を嫌悪し、批判するのではなく、無視するかそれを乗り越えてきた自分を肯定的に位置づけようとする意味づけが強く作用しているのでそれを把握するようにしている。 第2に、とりわけ男性が他者に相談することを「弱音を吐くこと」のように観念させる男性性ジェンダー作用があることを重視している。それを「セルフサイレンシング」と特徴付けた。男性性が自己を抑圧し、暴力を肯定させていく動機構成のメカニズムでもあり、それを「被害の隠蔽」と名付けた。男性性ジェンダーによる責任からの自己疎外・阻害である。暴力を肯定していく自己の構築サイクルを切断する加害者臨床に必要な視点である。 第3は、男性性と暴力の関連は「暴力が生きるエネルギーになっている」ことを焦点化させる。公的機関による虐待への介入や脱暴力のグループワーク参加をとおしてそうではない事態に遭遇する。この点が課題として浮上すると、短期的に彼の男性性は空虚感に満ちていき、落ち込む男性が多くいる。脱暴力の経過において「脱力」という事態が生起している。パワー幻想に満ち、暴力的ではない男性性のモデルがないのでそうした空虚感が生成すると考察した。 こうした男性性ジェンダーと暴力の関わりついて検討し、ナラティブデータをもとにした考察をすすめつつある。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究は3年間の計画である。2019年度は第1年目であった。そのための着実な成果をあげてきた。2年目、3年目も同様にして地道にナラティブデータを採取するグループワークを一年間24回実施することとする。3年間通して合計72回となる予定である。暴力の「機微(ミクロ=個人的な要素)と機制(マクロ=社会的な要素)」を把握し、暴力対策・暴力臨床への基礎的データを提供するためにさらに残りの2年間は次のような方針で取り組むこととする。 第2年目も同じようにしてグループワークを確実に実施し、筆耕作業を続ける。分析としては暴力を肯定していくシークエンスを抽出したいと考えている。生活実態の現実をケースワーク記録も重ね合わせながら、とくに親子関係の視点と、そしてなによりもドメスティックバイオレンスと関わる夫婦関係や男女関係との交差を意識しながら掘り起こしていくこととしたい。最近の事件となったケースから、DVと虐待の相関が強く意識されるべきだと考えるからである。家族という輻輳する関係性の視点から男性の暴力行動の様相を記述するための基礎的なナラティブデータを得ることを着実にすすめつつも、その分析視角の精緻化に取り組んでいく。 第3年目は男性性と家族システムの双方にかかわる変化の総体を記述し、総合的な考察と分析をくわえる。これらの過程を親密な関係性における男性性ジェンダー暴力論として考察する予定である。社会制度としての脱暴力への臨床社会学的な実践(受講命令制度等)の提案・展開について基礎的な知見を得るための研究としてまとめることができると展望している。
|
次年度使用額が生じた理由 |
研究のメインであるデータの筆耕作業に費やす費用を使うことなく経過した。翌年度分のデータと併せて二年度分の筆耕作業に使用する計画である。
|