研究課題
本研究は3年間の計画である。2020年度は第2年目であった。コロナ禍により暴力を振るう男性たちのグループワークが十分開催できなかった。年間合計24回実施する予定だったのが2分の一程度の開催にとどまったが、本年度の成果として、次の諸点が指摘できる。1)虐待による介入後の修復的対話が奏功し、再統合に向かう家族応援会議が三組の家族に対してできたこと、2)DVと虐待を関連づけた事件が相次いだことにより本研究に社会的関心が集まり政策関係者のグループワーク参観が5組あったこと、3)厚生労働省の養育者支援の委員会において本研究テーマの課題が位置づけられたこと、4)内閣府のDV対策政策課題として提言できたこと、5)子ども虐待防止学会の大会企画となったことである。こうした取り組みを踏まえて、研究課題にそくしてデータ分析を行った。暴力を振るう男性たちの「暗黙理論」を分析していく作業を重視している。筆者が重視しているのは、他罰性と操作性がみえてくる暴力加害者のもつ「関係コントロール性」について理解をすすめるべきことである。特徴は次のようである。①相手との関係において「操作性の強さ」への無自覚さあるいは当然視があること。②暴力を正当化する傾向があり、相手に問題があるという「他罰性と責任転嫁」があること。③非対称な関係性にある相手の「服従化の心理の活用」をしていること。④相手に対して「読心性(マインドリーディング)の喚起」を期待していること。⑤被害者像をねつ造していること(「あいつは俺がいなければやっていけない」と思う等)。⑥人格を攻撃する傾向があること(「価値剥奪的で地位降格的な関わり」があり、モラルハラスメント的である)。⑦「被害者の自責の念を強化」させるようなコントロールがあること。⑧自らのパワーの根拠を誇示する傾向があること。これらが「暗黙理論」に含まれていることを確認した。
2: おおむね順調に進展している
コロナ禍での課題遂行の不安定さはあったが、家族応援会議という社会再統合への取り組みが進んだことは特筆できる。これは加害者対策・暴力臨床の研究の目的が地域を視野に入れ、コミュニティへの社会再統合と関連づけて家族再統合事業を展望すべきことが示唆されている事例である。さらに虐待家族への対応という課題を介入と分離だけではなく、子育てについての要支援ニーズがある家族として位置づけ、地域のなかでそれを支える体制構築やネットワーク形成が家族再統合事業には不可欠であることも示唆している。当該家族の「養育責任」や「養育力向上」という狭義の課題設定だけが虐待対応なのではなく、地域での子育て支援という普遍的な課題との結びつきが必要であることを示しているといえる。家族責任に収斂させない子ども虐待防止論や子ども家庭福祉の臨床社会学的研究の成果として位置づけることができる。また、虐待介入後の家族問題の臨床社会学的研究にとって個人のトラウマ理論だけではなく「関係性へのケア」についての知見が必要なことを個人面談調査から把握してきた。この研究課題が対象としている20家族の継続した面接からうかがえたことが大きい。これは、暴力の「機微(ミクロ=個人的な要素)と機制(マクロ=社会的な要素)」を把握し、暴力対策・暴力臨床への基礎的データを提供するという目的を具体化した成果といえる。臨床社会学的研究であること、男性性というジェンダー的視点を最大限に活かすことで見えてくる成果といえるだろう。さらに、家族というメゾ的領域を介在させていることが、ミクロとマクロをつなぎ、臨床という課題と社会分析という課題を架橋していることを意味している。
コロナ禍の臨床社会学的フィールドワークとしての不安要素はあるが、研究開始時点から比べると想定以上に家族のやり直し支援への研究的な貢献は進んでいると自己評価している。さらに地域での実施の広がりがあり、男親塾を開催している自治体以外からの実装の要請もあり、広がりがうかがえる。本研究の課題の普遍性を確かめるためにも、実装要請のある地域のニーズを見きわめることを追記して研究対象として視野に入れていく予定である。なかでも虐待よりもDVの暴力を主訴とする男性相談から脱暴力を課題にした加害者臨床の場面としてのグループワークへとつなげるモデルの必要性が社会的実装要請として顕在化したので、本研究課題に組み込んでいくこととしたい。第3年目は男性性と家族システムの双方にかかわる変化の総体を記述し、総合的な考察と分析をくわえることで最終年度としていく。これらの過程を親密な関係性における男性性ジェンダー暴力論として総合的に考察する予定である。社会制度としての脱暴力への臨床社会学的な実践(受講命令制度)の展開について基礎的な知見を得るための研究としてまとめることができると展望し、関係する政策としても提言する根拠にする。データとしては、グループワークを確実に実施し、その筆耕を続けることでグループワークのナラティブデータを構築する。分析としては暴力を肯定していく「暗黙理論」としてそのシークエンスを抽出し、整序したいと考えている。連携する自治体の児童福祉ケースワークの記録とも重ね合わせながら、親子関係の視点と、なによりもDVと関わる夫婦関係や男女関係との交差を意識しながら暴力を振るう者の内的世界を掘り起こしていくこととしたい。家族という輻輳する関係性の視点から男性の暴力行動の様相を記述するための基礎的なナラティブデータを得ることで加害者対策・暴力臨床の基礎としていく。
コロナ禍でグループワークが予定の半分しか開催出来なかった。謝金の支払いが少なくなったことによる。グループワークの筆耕に関わる謝金として計上し、使用する予定である。
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対人援助学マガジン
巻: 11(4) ページ: 21-30
子ども虐待とネグレクト
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対人援助学研究
巻: 10(6) ページ: 62-73
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巻: 11(2) ページ: 21-32
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