研究課題/領域番号 |
19K02101
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
馬場 幸栄 一橋大学, 社会科学古典資料センター, 助教 (10757363)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 緯度観測所 / 天文学史 / 科学技術史 / 女性史 / 地域研究 |
研究実績の概要 |
緯度観測所(岩手県奥州市水沢)が女性所員を雇用し始めた大正12年よりも前の状況について調べるため、『雑部往復綴』(明治33-大正6年)後半部分の修復と高精細デジタル撮影を行った。また、緯度観測所に初めて女性所員を採用した初代所長・木村栄(所長在職:明治32-昭和16年)と女性を積極的に雇用するという伝統を木村から引き継いだ第2代所長・川崎俊一(所長在職:昭和16-18年)に関する資料を収集し、それぞれの生涯と業績をまとめた。 また、戦争という外的要因が天体計算と女性雇用との関係に与えた影響について考察するため、第二次世界大戦時の写真・文書群を調査した。その結果、緯度観測所ガラス乾板写真群のなかに当時同観測所で働いていた女性所員らの写真を複数発見した。そこで、当時を知る元女性所員や市民の方々に聴取調査を実施し、当時の文書の記述と照合したところ、写真に記録されている女性たちの多くを特定することに成功した。また、それらの写真のなかに、戦時中に緯度観測所に疎開していた水路部の計算担当女性部員らが含まれていることも発見した。 さらに、コンピュータの導入という外的要因が女性所員の職務に与えた影響について調べるため、緯度観測所第一計算課電子計算機係(昭和49年設置)の元所員に聴取調査を行った。その結果、同係に配属された者の多くが女性であったという証言を得た。これにより、コンピュータ導入後も依然として女性所員たちが緯度観測所の計算業務を支えていたという史実が明らかになった。 これらの研究成果を市民や研究者に向けて広く発信するため、岩手県において特別展示や市民講演会を行ったほか、ラジオ・新聞の取材にも積極的に対応した。また、『国立天文台ニュース』において緯度観測所史の特集記事を数回にわたって発表した。国内学会や国際コンソーシアムでも口頭発表・ポスター発表を行い、論文を発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
新型コロナウィルスの影響で、当初計画していた元緯度観測所女性所員個人宅での資料閲覧作業は一部延期となったが、別の元所員のご遺族が古いアルバムを10冊以上提供してくださったため、結果として当初の計画よりも多くの個人収蔵資料を年度内に閲覧することができた。 また、やはり新型コロナウィルスの影響により、『雑部往復綴』後半部分の高精細デジタル化撮影はその作業の一部を3か月程延期することとなったが、国立天文台水沢VLBI観測所図書室の協力により大正・戦前期の緯度観測所関係文書を閲覧・撮影する作業が当初の計画より6か月早く進行したため、全体としては閲覧・撮影作業が当初予定より3か月早く進んだ。 さらに、当初は大正・戦前期の緯度観測所史にのみ焦点を当てて初年度の調査を進める計画だったが、調査の過程で戦時中の女性所員たちの写真を発見したことや、昭和40年代末以降の女性所員たちの配属部署に関する証言を電子計算機係の元所員から得たことによって、戦中・戦後の女性所員たちの状況についてもその一部を把握することができた。 研究成果の発信についても、当初は比較的小規模な講演会を行う予定だったが、緯度観測所創立120周年記念市民講演会(於:奥州市民文化会館)で招待講演を行う機会を得たたため、一度に約400名の市民・研究者に緯度観測所の歴史を語ることができた。また、岩手県内のラジオ等からも取材があったため、講演会に来られなかった市民の方々にも研究成果を発信することができた。また、国内外に多くの読者がいる『国立天文台ニュース』に緯度観測所特集記事を複数回にわたって寄稿したことで、予定よりはるかに多くの市民・研究者に研究成果を発信できた。これにより、岩手の女性たちが緯度観測所の事業を陰で支えていたという歴史を地元の方々を中心に多くの方に知っていただくという本研究の目的のひとつが達成された。
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今後の研究の推進方策 |
今後も引き続き、緯度観測所の女性所員に関する情報を収集し、女性所員の人数・比率・職務内容・職位の変遷に影響を与えた組織内外の要因について調査を進めてゆく。 そのために、まず明治32年から昭和63年までの全職員の在職期間に関するデータベースを制作し、女性所員数・男女比の遷移を数値化して、緯度観測所における女性所員の雇用・勤務の傾向を把握することを目指す。なお、このデータベースの制作に際しては『緯度観測所所報』『国立天文台水沢ニュース』『国立天文台ニュース』等に記載された緯度観測所女性所員の人事異動情報を参考とする予定である。 また、国立天文台水沢VLBI観測所が収蔵する緯度観測所関係文書や元所員のご遺族が所蔵するアルバムの一部を閲覧することができたので、今後はそれらの内容を精査して、女性所員の雇用や職務内容に関する情報を個々の文書・写真から抽出する作業を進めてゆく。 新型コロナウィルスの影響で一時中断した『雑部往復綴』後半部分の高精細デジタル化作業についても、できるだけ早期に再開し、緯度観測所で女性が採用されることになった歴史的背景の解明に役立てる予定である。 なお、新型コロナウィルスの影響がある間は、感染拡大防止の観点から、緯度観測所関係者への聴取調査は控える予定である。かわりに、聴取調査を再開する際に協力者に効率良く資料を提示できるように、女性所員の写真を検索・表示できる写真データベースを制作する。これまでに実施した聴取調査によって緯度観測所ガラス乾板写真に記録された女性所員の氏名や顔は既に多数判明しているため、この写真データベースに女性所員の氏名・顔画像および撮影年月日・撮影場所等のデータを入力してゆく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
国立天文台水沢VLBI観測所図書室(岩手県奥州市水沢)で長年資料管理を担当されてきた元緯度観測所所員の方が退職されることとなったため、翌年度以降に予定していた同図書室での資料閲覧および資料担当者への聴取調査の一部を繰り上げて実施した。また、研究成果を広く発信するため、熊本大学で開催された日本天文学会において研究発表を行ったほか、岩手県のラジオ番組にも出演した。結果、「旅費」の支出が当初予定より増えた。また、元緯度観測所所員のご遺族からアルバムの一部をデジタル化する許可を得たため、急遽、画像処理ソフトのライセンスを「物品費」で購入した。 いっぽう、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、中性紙製保存容器を持参して元緯度観測所所員個人宅で実施する予定だった緯度観測所関連資料の閲覧作業を中止した。そのため、「物品費」に計上していた中性紙製保存容器の予算がそのまま残った。また、やはり新型コロナウィルス感染拡大防止のため、国立天文台水沢VLBI観測所蔵『雑部往復綴』後半部分の高精細デジタル撮影作業についても、半分ほど完了したところで中断せざるをえなかった。結果、「その他」に計上していたデジタル化費用の一部が未使用となった。 これらの増減が発生したが、減額のほうが大きかったため、次年度使用額が発生した。この次年度使用額は『雑部往復綴』後半部分の未撮影箇所をデジタル化するために使用する予定である。
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備考 |
「いわて銀河フェスタ2019 木村榮記念館特別展示」(2019年8月24日、於:国立天文台水沢VLBI観測所木村榮記念館)および「国立天文台水沢創立120周年記念展示会 緯度観測所の歴史―明治から戦後まで」(2019年12月15日‐21日、於:奥州宇宙遊学館)において緯度観測所ガラス乾板写真を提供。
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