研究課題/領域番号 |
19K02103
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研究機関 | 京都教育大学 |
研究代表者 |
土屋 雄一郎 京都教育大学, 教育学部, 教授 (70434909)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 環境社会学 / 廃棄物問題 / NINBY / 合意形成 |
研究実績の概要 |
「原発廃炉時代」の到来を前にエネルギー政策への関心が社会的に高まり、原子力発電の是非をめぐっては様々な立場から議論が交わされている。しかし私たちの社会が「原発ゼロ」を選択したとしても、核のゴミの処理・処分をめぐる問題から逃れることはできない。 放射性廃棄物の地層処分をめぐっては技術的・工学的な研究が成果をあげ、北欧の一部では実用化されているが、日本では多くの批判が投げかけられてきた原発の立地手法を脱せずにいる。そればかりか、周辺化された地域に環境負財を再配分する動きが強化され、「環境のために」という認識の高まりが新たな社会的亀裂を生み出している。その中でNIMBYを「地域エゴ」と考えると問題の本質を見失しなってしまう。断片的な個が感じた問題を遠い所に持っていって解決することは、地域エゴの結果ではない。むしろ、そう考えてしまう「社会化」された枠組みが抱える問題だといえる。NIMBYが問題となる施設は、誰かがどこかでやってくれるという「自分たちの外部」として市民生活の意識から抑圧されてしまうのだ。 そこで本研究では、公益性と私権との折り合いや負担と責任の所在を地域間、世代間の観点からいかに考慮すべきかを問い、環境社会学の観点から候補地の選定にむけた合意形成の限定性を明らかにする。そのために、半世紀にわたって原子力発電所を引き受けてきた地域の住民の一人が遺した資料を基に「環境年表」を作成し、データの分析と関係者へのインタビュー調査から、NIMBYの新たな捉え方を提示する。 そうしたことからわかることは、参加型民主主義における公益性と私権との関係のあり方やその関係の正当化の根拠はなにかという、社会学が直面している新たな公共性の問題に迫るものである。さらに現在、新しい合意形成のあり方として正義や平等を含みながらそれを超えた「公正」を実現することが重要であるとの仮説を立て、研究を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)静岡県浜岡町(現、御前崎市)に立地する中部電力浜岡原子力発電所と地元の自治会との関係を理解するために、中部電力より原子力発電所建設についての意向が浜岡町長に伝えられる1967年から、新聞社が幕を下ろす2020年までの間、町の原発(中部電力)への対応や、町民の反応、反原発運動の主張などの詳細を把握することができた。地元紙といえる『郷土新聞』の記事から、53年分、1,300件余りをデータ化した。そして、年表データの分析から抽出された課題にもとづき、インタビュー調査や文献調査なども含めて議論を進めている。取り上げた新聞記事には記者や会社の考え方や思想が含まれていることへの批判もあるが、これだけ長期にわたって原発をめぐる問題を紙面に取り上げ続けた新聞社は、ほかにない。 (2)日本の環境社会学研究において、公論形成の場は手続き主義的正義に正当性の根拠を求めてきた。しかしニンビィ的な性格をめぐっては、社会の状態が公正であるか否かがどちらにとっても一義的に定められないため、手続きと結果の相互承認を求めることが必要となる。また、廃棄物の処理・処分をめぐっては、処理システムへの依存や無意識化を強める市民の意識が、「どこかで誰かに引き受けさせている問題」を「どこかで誰かが引き受けてくれる問題」という抑圧からの解放にどのような意味をもつのかについて検討している。 (3)本研究の成果は、①「NIMBYと「公共性」-産業廃棄物処理施設をめぐる公共関与と合意形成-」藤川賢・友澤悠季編『なぜ公害は続くのか―潜在・散在・長期化する被害』(2023年)、②「ニンビィをめぐる「迷惑」の必要性と受容」伊地知、田原、土屋、林、松井編『雑草たちの奇妙な声 : 現場ってなんだ』(2021年)である。
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今後の研究の推進方策 |
一つ目は、引き続き浜岡原発に関する研究を続ける。(1)原発の計画段階、(2)受け入れの決定、(3)1・2号機への対応、(4)3・4号機への対応、(5)5・6号機への対応(6号機は未建設)、(6)福島第一原発の事故を受け全基停止となった浜岡原発の地域社会への影響、(7)政府が原発の再稼働やプルサーマル計画が積極的に推進、そして(8)CO2の削減目標の達成という地球環境問題の文脈の中で、浜岡原発、地域社会、反原発運動がどのような駆け引きを行いながら、原発立地地としてなにを交渉してきたのかについて分析を急ぐ。また、「浜岡方式」と呼ばれる合意形成プログラムがあり、原発の受け入れを可能にしたのではないかとの指摘に対しても検討する。さらに、中部電力浜岡原子力発電所佐倉地区対策協議会(佐対協)のリーダーの一人が遺した資料を整理し、関係者に話しを聞くことで、「地元の中の地元」と言われた地域が、電力サービスを担う中部電力とどのような関係をつくったのかを考えたい。 二つ目は、日本の環境社会学研究において、公論形成の場は手続き主義的正義に正当性の根拠を求めてきた。しかしニンビィ的な性格をもつ対象をめぐっては、社会の状態が公正であるか否かがどちらにとっても一義的に定められないため、手続き(社会的公正)と結果の相互承認(承認)を求めることが必要となる。また、廃棄物の処分をめぐっては、処理システムへの依存や無意識化を強める市民の意識が、「どこかで誰かに引き受けさせている問題」を「どこかで誰かが引き受けてくれる問題」という意味を検討する。 それは、「新しい合意形成」の提案に繋がるものといえる。 計画を予定していた時期に海外への渡航が制限されていたため、計画が実現していない。高レベル放射性廃棄物の地層処分の実用化が始まったスゥエーデンの現状を知るため、調査を実現させたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウイルスの世界的な広がりにより渡航制限を受けたため、計画通りにフィンランドとスゥエーデンでの調査を実行することができなかった。 フィンランドとスゥエーデンの両国は、高レベル放射性廃棄物処理の地層処分の先進国である。施設の運営を行う企業や行政機関だけでなく、立地地域の自治体やコミュニティのメンバーにもインタビュー調査ができるよう準備を進めたい。
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