本研究の目的は、DVや性暴力など、ジェンダーに関連する諸困難を抱えた女性たちのエンパワメントとアドボカシーを推進すべく、わが国の女性支援現場に反抑圧実践(anti-oppressive social work practice)を導入し、展開していくための足場づくりを行うことである。具体的には、反抑圧実践(以下、英語の頭文字を取ってAOPと略す)を構成する複数の理論について、その出自や系譜に留意しつつ整理を行い、もってAOPの認識枠組みと理論的・実践的課題および争点を吟味し、このアプローチが女性支援に適合的であることを示すことである。本研究においてAOPに関する文献を渉猟し、吟味した結果、AOPの中核的価値が、当事者とのパートナーシップ構築と社会変革にあり、またその実践の要素として「批判的省察」が重要であることが明らかになった。また、AOPの最終的な目標は、社会に横たわる抑圧構造から当事者のみならず支援者もともに解放されることであるということも明らかになった。これらを踏まえ、最終年度は3箇所の女性保護施設の職員に対して、インタビューを実施し、女性支援の現場で「抑圧」や「支援の民主化」がどのように観念され、いかに批判的省察が行われているのかを調査した。その結果、婦人保護施設の職員たちは、批判的省察を日々の実践の中で積極的に行っていること、社会や施設の抑圧構造についても自覚的であることがわかった。しかしながら、自分たちの施設にある抑圧的なルールを変革するにあたっての、十分なパワーが不足している状況にあることもわかった。同時に、わが国の女性支援においてAOPを導入する場合に勘案すべき課題の一つが、婦人相談所と婦人保護施設という組織間の権力の不均衡な状況にあることが浮かび上がってきた。
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