研究課題/領域番号 |
19K02225
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研究機関 | 武蔵野大学 |
研究代表者 |
野口 友紀子 武蔵野大学, 人間科学部, 教授 (20387418)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 社会事業 / 厚生事業 / 教育 / 社会政策 / 感化 / 社会教育 / 農村社会事業 / 生活改善 |
研究実績の概要 |
2019年度の研究では、日本社会福祉学会第67回秋季大会で口頭報告「戦時下の社会事業と厚生問題-雑誌『厚生問題』にみる厚生事業の位置づけ-」を行なった。中央社会事業協会が発行する雑誌『厚生問題』を素材に、社会事業関係者たちの厚生事業として捉えた事業内容や課題に対する認識を明らかにした。 分析の結果、雑誌『厚生問題』の論考の特徴には次の三点があった。第一に、社会事業と厚生事業との関係についてである。そこには発展したものと捉えていた論考と社会事業と厚生事業とは別のものと捉えていたものがあった。事業対象や範囲、内容が「拡大」したのか「異なる」のかという受け止め方に違いがあるが、これらの議論は、厚生事業が労働者、勤労者、国民一般という、従来の社会事業の対象者である貧困者、労働能力がない者とは異なる人びとをその対象に取り込もうとしてきた過程で生じたものであった。 第二に、生産力増強との関係である。これについては、厚生事業が生産力増強のための事業であるとの理解であった。これは、社会事業がこれまで貧困者や労働できない人びとを対象としており、非生産性を対象としてきたことに対する議論であった。 第三に、生活の合理化との関係である。これは、生活費の節約、農村の生活の合理化、生活の共同化のことである。さらに、生活指導の必要性が強調され、生活全体、すなわち休養、娯楽、衛生、栄養などの指導による生活改善を促すことが厚生事業であると捉えられていた。 社会事業は戦争という状況の中で、勤労者という新たな対象への取り込みを行い、生活指導という事業内容を見出した。これは、戦時下で要請された生産力増強という目的に直接つながる生活改善や生活指導だけでなく、生産力増強とは直接繋がらない生活の確保や安定といったことも含まれていた。これが社会事業関係者たちが従来の社会事業を戦争という状況に適応させたあり方であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度の学会報告「戦時下の社会事業と厚生問題-雑誌『厚生問題』にみる厚生事業の位置づけ-」に基づき、次年度は論文を執筆する予定である。学会報告の中で、社会事業と厚生事業の関係を社会事業と厚生事業との関係、生産力増強との関係、生活の合理化との関係の3点から整理できたことは、本研究の「対抗の歴史」を描くにあたり、戦時期の一部を明らかにできたと言える。 また、「対抗」というものを対立的な要素だけではなく、「社会事業」と「厚生事業」という社会福祉の歴史のひとつとして描かれる2つの事業から浮き彫りにできた。このことから、「対抗」の捉え方に、多様な要素が考えられることがわかり、研究を進める上で幅が広がると考えた。 さらに、資料収集についても進めており、新たな「対抗」の歴史が描ける準備が整いつつある。上記の「社会事業」と「厚生事業」の関係の検討と同時進行で、1945年から60年までの都市社会事業に関する研究を進めており、戦後の都市と農村を軸とした社会事業を明らかにしつつある。 これらことから、おおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
3年目となる今期は、論文執筆と資料収集を行う予定である。この度のコロナ感染拡大防止のための集会等の自粛という社会状況から他大学の図書館の利用などが難しく、資料収集には少し時間がかかるものと思われる。そのため、すでに収集した資料を中心に、研究を進めていく。学会発表の機会も、この状況から今年度は大会延期や大会中止などが予想されるため、資料読解と論文執筆を中心とした進め方になると考えられる。 研究は、農村社会事業と都市社会事業の関係を検討するものとなる。都市と農村という地域に着目した論考は1920年代から1960年代まで広く存在している。現在では聞くことのない都市社会事業と農村社会事業という言葉は、大正期から戦後においても社会事業の確立を目指す議論の一つとして存在していた。すでに1945年から1960年代までは都市と農村の社会事業について検討しているので、1945年以前の都市と農村の社会事業に関する分析を雑誌を素材に行う計画である。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由については2点考えられてる。1点目は、昨年度は、日本地域福祉学会、教育史学会、日本史研究会などの地方で開催される学会の大会、研究会への参加と情報収集を行うために交通費・宿泊費を計上していたが、出席できなかったことである。このことから、旅費を使いきれなかったことで使用を計画していた金額と実際の使用額との間に差が生じてしまった。 2点目として、図書館間の図書の貸借や貸借図書のコピー費用についても計上したが、国立国会図書館デジタルアーカイブや国立公文書館デジタルアーカイブなどを利用した資料収集を先行して行なったことである。そのため、それらの費用についても計画していた金額と実際に使用した金額とに差が出てしまった。 使用計画としては、今年度は学会の大会、研究会の日程を事前に調べて、参加の計画を立てること、他の予定よりも大会参加を優先的に考えることで旅費の執行を行うことを考えている。さらに、図書館の資料収集については予算執行との関係から、より効率的な資料収集の方法を検討することも必要であると考えている。
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