研究課題/領域番号 |
19K02236
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研究機関 | 大分大学 |
研究代表者 |
阿部 誠 大分大学, 経済学部, 客員研究員 (80159441)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 就労支援 / 生活困窮者自立支援法 / 就労準備支援事業 / 雇用政策 / 所得保障 |
研究実績の概要 |
今日、通常の職業紹介や職業訓練などでは十分対応できない、就労に困難を抱える者の問題が顕在化した。本研究では、これにたいする就労支援の特徴を明らかにするとともに、政策課題を検討することを目的としている。 今年度は感染症拡大の下で実態調査ができなかったため、生活困窮者自立支援法の就労支援の意義や問題点について整理した。また就労支援の国際比較も試みた。 生活困窮者自立支援法の就労準備支援事業と就労訓練事業は、一般就労が困難な人々を主たる対象にして、生活習慣の確立やコミュニケーション、体力の向上、技能の修得などを通じて就労を支援するものである。雇用政策とは異なり、直接に労働市場での雇用をめざすものではない。従来、失業や無業の人々にたいする就労支援は、労働市場でのマッチングをはかる雇用政策のなかに位置づけられてきたが、それでは対応できない就労困難者の問題を認識し、雇用政策とは異なる政策体系として就労支援が確立した点に意義がある。したがって、この制度では就労支援が直ちに一般就労に結びつくとは限らない。その目的は、労働市場での一般就労による経済的自立にとどまらない広がりをもつ。 一方、国際比較からいくつかの論点が明らかになる。多くの福祉国家で長期失業が問題となるなか、稼働能力のある人を労働市場に戻すwelfare to workの政策をとっているが、制度的には国による違いも大きい。第一に所得保障との関係であり、所得保障と就労支援が結びついているかどうかである。第二は国や自治体による就労機会の創出であり、就労機会が確保されるかどうかである。第三には、就労にむけたケースマネジメントの方法が制度化されている国とそうでない国がある。日本の就労支援政策は、所得保障とも、就労機会創出とも切り離され、体系化した支援プログラムも構築されていない。就労支援の実施主体に委ねられ、制度化が進んでいない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度は、新型コロナウイルス感染症が拡大するなかで就労支援に関する聞き取り調査などを行うことができなかった。そのため、生活困窮者自立支援法の就労支援の政策的意義と事業の実施上の問題点について整理するとともに、オンラインを通じた研究会等で、海外の就労支援政策の報告や聞き取りなどをうけ、国際比較の視点から日本の就労支援の特徴について考察を進めた。とくに時差のない韓国の研究者とオンライン研究会をもち、韓国の就労支援である自活事業の経過や実態について、話を聞くことができた。ただ、実態調査ができていないため、日本の就労支援事業の実態の把握は停滞している。 こうしたなか、2015年に施行された生活困窮者自立支援法が日本の福祉政策のなかでどのような位置を占め、いかなる意義や特徴をもつかを論じた共著書において、同法の下で任意事業とされる就労準備支援事業を中心として、日本の就労支援が、従来の雇用政策では認識されなかった問題に着目して新たな政策を確立したことに意義があることを論じた。その反面で、日本の就労支援政策は、そのほかの福祉政策との関係が十分整理されず、政策的な体系性の点では問題もあり、政策の実効性が十分ではないことを指摘した。 一方、日本の就労支援について、国際比較の視点を取り入れて、その特徴点を整理し、社会政策学第140回大会で報告した。そこでは、日本の就労支援は、第一に自治体や民間団体の取り組みが先行したこと、第二に、所得保障から独立し、並列される制度となったことに特徴を求めた。また第三に、生活困窮者自立支援制度の下の就労支援政策は、実施主体が市町村であっても外部委託されることが多く、委託団体任せになっていること、その結果第四に、アセスメントや就労支援プログラム等の点で統一性に欠け、制度化が進んでいないこと、第五に、就労支援のめざす目標が明確になっていないことを論じた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、生活困窮者自立支援法の下で任意事業である就労準備支援事業、就労訓練事業に焦点をあてて、就労支援の実態を把握し、それがどのように運営されているのかを明らかにするとともに、政策的な課題を検討することを目的としている。 この研究目的に沿って、就労準備支援事業を実施している自治体および受託団体にたいして、どのような就労支援の取り組みを行っているのか、実施体制や具体的な取り組みの内容、支援対象者の特性やそれにあわせた支援方法などに関する調査を幅広く行うことを計画し、進めてきた。しかし、感染症拡大も2年目に入り、数回にわたる緊急事態宣言などの影響もあって、実態調査をどの程度進めることができるか、不明確になっている。 こうしたことを受け、今後も就労支援の実態把握を追求するものの、感染症の広がりや世論の動向に応じて、聞き取り調査の受け入れが可能な団体に絞って調査を行うよう方針の転換を考える。調査対象の団体の協力を得て過去の支援例について聞き取りができれば、被支援者の特徴に沿った就労支援の成果について明らかにできると考えられる。また、京都自立就労サポートセンターは、2019年度に就労支援の評価システムを作成しており、その評価システムの有効性について聞き取り、支援にあたっての評価基準と支援の目標について検討したい。 そのうえで、生活困窮者自立支援法における就労準備支援事業の導入が、従来の就労支援をどのように変化させたのか、また、事業の問題点がどこあるのかを検討する。さらに、昨年度に引き続いて欧州や東アジアなどいくつかの国の就労支援政策とその特徴を把握し、国際比較を試みる。海外の国で出入国が復活されるようならば、国際比較のため外国での諸制度とその実態について調査を行いたい。最終的には国際比較研究もふまえつつ、就労支援に関する政策的な課題がどこにあるのか、主要な論点を整理する。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度に未使用額が生じたのは、新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、計画していた就労支援の実態調査がまったく行えていないことにくわえて、学会も、研究会も、すべてオンラインでの開催となり、使用を予定していた旅費をほとんど支出していないことが大きい。しかも、「外出自粛」等により研究自体も停滞することになり、全体として研究費の支出が抑制された。 今後の感染症の広がりは予測が難しいが、本研究を進めるためには実態調査が必要であり、状況をみながら、調査対象を絞ったうえで実態調査を行う予定である。また、研究会等も再開されれば、出席して報告などを行いたい。未使用額を含む研究経費は、こうした旅費に支出する予定である。また、感染症拡大に伴い一部研究計画を変更するため、旅費の使用状況をみながら研究経費の支出を見直し、図書等の物品費を増やすことも考えている。
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