研究課題/領域番号 |
19K02241
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研究機関 | 山口県立大学 |
研究代表者 |
坂本 俊彦 山口県立大学, 社会福祉学部, 教授 (40342315)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 高齢者在宅生活支援システム / 生活支援活動 / 住民互助 / 社会福祉協議会 / 民生児童委員 / 住民自治組織 / 自治会 / 公私論 |
研究実績の概要 |
「独居高齢世帯」「夫婦のみ高齢世帯」が増加するなかで、要援護高齢者の在宅生活を維持するためには、「住民互助」の強化が不可欠である。本研究の目的は、地方中小自治体の地域特性を踏まえ、「生活支援活動」参加住民の量的拡大を可能とする「高齢者在宅生活支援システム」(課題発見システム/課題解決システム)の構築方法を定式化することで、「住民互助」の強化に貢献することにある。 2022年度においては、コロナウィルス感染拡大予防の観点から、当初予定していた質問紙調査を次年度に延期することとし、調査項目の検討ならびにその分析視点の深化に資すると想定される「老いの受容」論に関する先行研究の整理を行った。 「老いの受容」論とは、心身の能力低下に伴いIADLに支障を来していく高齢期において、これをどのように受容し精神的安定(幸福な老い)を維持するかを巡る議論である。わが国においては、急速な長寿化を背景とし高齢期における新たな役割の創出が必要とされたことから、1980~90年代にかけて、高齢期の「生産性」に注目する「活動理論」が有力となり「生涯現役社会」「一億総活躍社会」の実現等が政策的にも重視されてきた。しかし、「生産性」を過度に強調する弊害が指摘され、今日においては高齢期の「成熟性」に注目する「離脱理論」の流れを汲む「老いの受容」論に関心が集まるようになった。誰もがいずれ直面する以上、心身の衰えに直面した段階での精神的安定やその支援が必要であることは多言を要さないことから、今後は「生産性」のみならず「成熟性」をも包括した研究・政策・活動の展開が求められている。とくに、生活支援が必要な高齢者、即ち「生産性」から「成熟性」への移行段階にある高齢者を主対象とする本研究において、「老いの受容」論は、「高齢者在宅生活支援システム」の構築理念を検討する際に、有益な分析視点を提供するものと期待されるのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2022年度は、「老いの受容」論に注目し、次年度における質問紙調査の検討ならびにその分析視点の深化に資する先行研究の整理を行った。その結果、次のように整理することで研究の質を高めたが、研究期間を1年延長したため「遅れている」と自己評価する。 「老いの受容」論の主題は、高齢期における各種の「喪失」といかに向き合うかということである。生活支援活動は、対象者にとり自身の「喪失」に向き合う機会、支援者にとり「喪失」に向き合う工夫を知る機会であり、双方の「老いの受容」に大きな影響を与える経験となると考えられる。 しかしこの活動においては、両者が「被支援者-支援者」という非対等な役割関係を形成することになるため、対象者の自尊心の低下が懸念される。とくに自助規範意識の強い者はスティグマに感じやすく、在宅生活を断念させる契機となり得る。また、心身の能力低下は在宅生活を困難にするという認識を深めるのみでは、支援者の参加意欲の減退をもたらす可能性がある。意図せざる結果であるとは言え、双方の「老いの受容」に悪影響を与えるのであれば、活動の意義が問われかねない。 かかる事態を回避するには、活動に「共生社会」「幸福な老い」実現等の上位目標を設定し、これを追求する対等な「協力者」として「被支援者-支援者」関係を相対化する必要がある。具体的には、被支援者は生活の質を保ちながら在宅生活を続ける工夫を支援者に示す役割、支援者は被支援者を多様な属性を持つ者と捉えたうえでその工夫を学ぶ役割、を相互に担うことで、上位目標を追求する当事者性を各々が高める必要がある。 本研究は、「高齢者在宅生活支援システム」構築をテーマとするが、その維持のためには、関係者がこの経験を通して「幸福な老い」の実現を可能とする地域社会のあり方を検討する機会となることが必要である。かかる意味で「老いの受容」論は多様な示唆を与えるものである。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度から2022年度までの研究を概観すると、①調査対象地域では、「高齢者在宅生活支援システム」の構築とその継続的運営により、地域住民による生活支援活動が促進されその互助力が強化されていることを明らかにするとともに、②地域自治会の活動関与のあり方や地域社会における社会関係資本の様態が、システム構築とその継続的運営に影響を与えること、③システム構築における「生活モデル」理念を巡る矛盾が生じており、これを調整する仕組みが必要となっていること、④システム維持のためには関係者が「老いの受容」を肯定的に捉える必要があること、について仮説的に整理した。 以上の研究を踏まえ、2023年度においては、活動主体である地域住民の「参加意欲」の維持ならびに「参加条件」の充足に焦点をあて、システム構築とその継続的運営の方法について整理したい。具体的な調査項目としては、2019年度の研究により析出された2つのモデル別に次の内容を想定している。 「市町村社協-民生児童委員-住民ボランティア」モデル地域においては、行政や社協等から委嘱を受けた「制度的ボランティア」(民生児童委員、福祉員等)が活動の中核を担っている。従って、このような委嘱制度ならびにその活動内容に対する認知と評価、活動依頼に対する受諾意欲と受諾条件、「生活モデル」理念との整合性、「老いの受容」意識とその変化等が、具体的な調査項目になるものと想定される。 「地域包括型住民自治組織-自治会長-住民ボランティア」モデル地域においては、「自治会長」ならびに対象者の「近隣住民」が活動の中核を担っている。従って、自治会活動のなかに高齢者生活支援活動が位置づけられていることに対する認知と評価、活動依頼に対する受諾意欲と受諾条件、「生活モデル」理念との整合性、「老いの受容」意識とその変化等が、具体的な調査項目になるものと想定される。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、コロナウィルス感染拡大予防の観点から、研究期間を1年延長し、当初予定していた質問紙調査を次年度に変更したためである。次年度においては、可能な限り当初予定していた質問紙調査の実施を通して、使用していきたい。
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