黒漆塗りの「棗」を対象に物体表面の反射光を計測し、物理計測アプローチ「定量的な反射特性(反射光分布計測データ)」と感性評価アプローチ「人間が感じる視覚的質感」の対応を定量化する手法を開発することを最終目的とする。漆と比較するためカシュー樹脂塗料、ウレタン樹脂塗料のような合成樹脂塗料を用い、異なる仕上げ塗装方法による試料に対し、漆工芸専門家が行っている「上品な肌合い」「高級な質感」などの主観的な表現を物理的な情報に対応させ視覚的質感の定量化を行った。また、物理計測アプローチとして、棗を計測対象とし、一部を円筒形状と仮定して画像情報のみから漆、カシュー樹脂塗料、ウレタン樹脂塗料試料の光反射特性を推定した。この推定は、漆の光反射特性を表現するために必要な光反射モデルのパラメータとして定量化することができる。ここで定量化された質感をそれぞれの要素(色や光沢の深み、肌合い等の主観的な表現)ごとにCG再現するシステムを開発し、質感が適切に定量化されているかを漆専門家による視覚実験で確認した。 すなわち、艶消し~半艶塗りたて仕上げ(刷毛塗り工程と吹き付け工程)の黒漆塗り棗を用いて、塗り立て漆膜をカシュー樹脂塗膜やウレタン樹脂塗膜と比較した。その結果、塗り立て漆膜において、その表面で光が細かく散乱したように見え、さらに見る角度によって肌合いが変化する漆膜の特徴は、正反射光を含まないL*値や反射光強度分布における画素値の物理量として現れ、漆工芸専門家は、これを「むっくり感」「あたたかみ感」と評価し、総合的な評価の「好き」の心理量として結びつけていることと考えられた。また、呂色仕上げ棗において、上塗り塗膜や仕上げに用いる上摺り塗料(カシュー樹脂塗料、ウレタン樹脂塗料)を用いて、呂色仕上げ漆膜の感性評価と光反射特性の関係について検討を行った。
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