研究実績の概要 |
本研究の目的は、ガダマー(Gadamer, H.-G., 1900-2002)の哲学的解釈学と教養論の観点から、公共圏を形成するための教養教育の可能性を提示することである。その主要な論点は、テクストとの対話、他者との対話、自己自身との対話から成る解釈学的研究が公共圏の形成と、そのプロセスに参加する市民の形成という教養教育の課題にどの程度応えられるのか、という問題である。 本研究は資料の収集・翻訳・分析およびドイツでの情報交換によって、3年計画で進めるものである。2年目の令和2年度は、第二次世界大戦後のガダマーの著作とストゥディウム・ゲネラーレ(Studium Generale)に関する資料を手がかりに、民主的な文化革新と学問の根源的な理念からガダマーの哲学的解釈学と教養論を再検討した。ガダマーの哲学的解釈学と教養論から、合理的なシステムへの過剰な適応によって、自ら考え判断する自由と、連帯の中で行為する実践とが見失われている、という時代状況に対する批判を読み取ることができる。「ストゥディウム・ゲネラーレ」と呼ばれる一般教養の教育は、第二次世界大戦後の占領下のドイツで国家社会主義の野蛮な行為を繰り返さないようにするために、高等教育改革の一つとして大学に導入された。しかし、ガダマーやさまざまな歴史家の発言から、期待と失望の間でいつも問題であり続けてきたことが明らかになった。この点は、日本の大学の一般教育が制度的に挫折して教養教育と呼ばれるようになっても、その理念・内容・方法が問題であり続けていることと共通している。ストゥディウム・ゲネラーレの理念と実態の間になぜ乖離が生じてしまうのか、という問題を多角的な視点から解明するとともに、いまだ実現の途上にある市民的公共圏としての教育空間が成立する条件を提示することが今後の課題である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年2月からの新型コロナウイルス感染拡大の影響により、今年度もドイツへの渡航を中止したため、マールバッハ・ドイツ文学資料館を訪問して、ガダマーがライプツィヒ大学学長に就任した1945年からハイデルベルク大学を退職する1967年の間に書き残した講演資料を閲覧することができなかった。しかしながら、1945年から1960年代のドイツの高等教育改革の議論、とりわけバーデン=ヴュルテンベルク州とノルトライン=ヴェストファーレン州におけるストゥディウム・ゲネラーレの理念と実態については、国外の古書店から取り寄せた次の文献を国内で翻訳・分析することで有益な情報を得た。Konrad, Joachim [Hrsg.]: Studium generale, Ratingen: Henn, 1952. Gutachten zur Hochschulreform, Hamburg, 1948. Geiler, Karl [Hrsg.]: Richtlinien fuer die Reform der Hochschulverfassungen in den Laendern des amerikanischen Besatzungsgebietes, Heidelberg : Winter, 1948. Zierold, Kurt: Hochschulprobleme von heute. Goettingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 1948. Killy, Walther: Studium generale und studentisches Gemeinschaftsleben, Berichtsstand WS 1951/1952 1952, Berlin: Duncker & Humblot.
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