これまで、高齢者と大学生のピアノ演奏ミスを比較するため、高齢者群と学習年数が似ている大学生群と、学習年数ではなく習得レベルが似ている大学生群の実験データを収録した。最終年度である2023年度はその2つの大学生群と高齢者群のデータから、9つのピアノ演奏ミスの傾向を見出し、比較することが出来た。楽譜上の周辺視が曖昧であったり、指の準備に失敗して遅滞が起こるなかで、高齢者の場合は、鍵盤を確認する時間がかかるために遅延が起こるという点が見られた。大学生の場合はミスをしそうな箇所で自信の無さから鍵盤を見る傾向であった。高齢者は演奏中はとにかく鍵盤を見ることを前提として演奏するという姿勢があり、大学生のほうが周辺視の幅が高齢者よりも広い様子もうかがえた。 9つの傾向のなかには、大学生も当てはまるものがあることから、9つ全てが高齢者特有であるとは言い切れないにせよ、この研究の下位研究的なところで行っていた、指導者たちと学習者たちへのそれぞれの質問紙調査から推測された、「高齢者のピアノ演奏ミスの原因は、手指の巧緻性の低下と楽譜‐鍵盤間の視線の動きに拠るところが大きい」ということを、この5年間のデータ採取と分析からも得ることが出来た。そして当初、楽譜を映し出したディスプレイを座標に見立てて、視線の動きを記録した数値データの分析も計画していたが、楽譜だけでなく鍵盤を見る視線の動きも把握することの重要度が高まったので、数値データの分析は次の研究へ持ち越しとなった。 当初の計画は達成できなかったが、現時点で考えれば、解明するところまでが妥当だと考えられる。
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