本研究において研究代表者は、社会正義の構築を求める〈政治〉と人間存在にとっての〈経験〉の在り方・諸相の再理解が交錯する地点に立ち現れる新たな人間形成論の理論的枠組みを構想することを目指してきた。その構想の手がかりとして、本研究ではとくに古典から現代へと至るプラグマティズムの哲学・思想的方法の展開可能性に着目しつづけてきた。 2023(令和5)年度の研究では、これまでの研究成果と方向性を引き継ぎながら、次の三つの検討作業に取り組むとともに、本研究プロジェクト全体の残された課題を整理した。 第一の検討作業では、プラグマティズムの哲学・思想の可能性を考察する一環として、デューイによる「情熱的知性」への着目に積極的照明を当てた。具体的には、民主主義の認識的機能をめぐる近年の議論の成否を検討することで、知性と感情の二元論的前提を問うプラグマティズムの視角が〈政治〉と〈経験〉を取り結ぶ重要な考察をいかに提供しうるかを解明した。この検討は、人間のドクサ(意見、臆見、思いなし)への着眼を促した。また同時に近年の教育学研究におけるパトスの問いなおしと呼応する課題であることも明らかとなった。 第二の検討作業では、昨年度の課題に続き、英語圏的文脈と日本的文脈の異同を踏まえつつ、教育実践に対するプラグマティズムの影響の解明を試みた。とりわけ生活指導、生活綴方、戦後初期社会科の展開を跡づけながら、政治と教育の結節点をいかに描きなおすかという課題を検討した。そこでは社会正義の構築が人間形成・変容と連続性をもつ課題であることが浮き彫りとなった。 第三の検討作業では、科学教育の道徳的可能性や世界市民的教育といった新たな観点から〈政治〉と〈経験〉を取り結ぶ人間形成論的枠組みの模索を試みた。これらの観点への着目は、デューイ『人間性と行為』の再読や世界市民的教育の空間探究に関する共同研究の機会を得ることで可能となった。
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