研究実績の概要 |
今年度はまず、イギリスの医療が貧困層に広げ始めた18世紀後半に隆盛した無料診療所のなかでも、ロンドンにてその口火を切ったとされるGeneral Dispensary(1770~)に着目し、比較家族史学会の論考集である『家族と病い』にコラムとして投稿した(現在印刷中)。General Dispensaryの医療活動を先導した医師レットサム(Lettsom, John Coakley, 1744-1815)は貧民居住地域に出向き、その診察と治療を行い、訪問医療の先駆とされた。その訪問記録には、疾病別の症状の推移、治療歴が、その患者の体格、性別、さらに換気等の生活環境の状況と共に記載されている。治療対象患者は、親子、兄弟、親類関係といった近い関係から数珠繋ぎで繋がっていることも分かる。家族と病いとの関係性について、患者の推移をみる限り、病気の感染経路としての家族、親類関係をみてとることができた。しかし、この無料診療所の医療活動を通して、家族や性差の規範を明確化できたかというと、訪問記録だけからは非常に困難であったと言わざるをえない。 また、論考集『家族と病い』は、2023年6月24日、25日に開催された比較家族史学会春季研究大会での議論を元にしている。私は、その第2セッション「家族のいない子どもの病い」における3つの報告へのコメンテーターを務めた。なかでも、イギリス救貧法下における児童の施設養育と「病い」についての報告では、19世紀のワークハウスにおける病児への対応、医療実践が言及され、その医療実践に携わった医療関係者や、医療行為における家族規範をテーマに議論を行った。
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