研究課題/領域番号 |
19K02494
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
白水 浩信 北海道大学, 教育学研究院, 教授 (90322198)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 教育(education) / 語彙の系譜学 / 揺籃期 / ヴァンサン・ド・ボーヴェ / ジャン・ド・ヴィニエ / ジャン・ドーダン / 偽セネカ |
研究実績の概要 |
2019年度は仏語〈education〉の初出をめぐって従来の学説の検証と批判に向けたデータ収集とその読解・分析が行われた。 フランス教育科学運動の旗手であったG・ミヤラレは、その『教育科学』(1987)において〈education〉の初出を次のように断定している。「1327 年には、ジャン・ドゥ・ヴィニェの『歴史の鏡』(De Vignay,J., Miroir historial)にすでにこの語があらわれている」。検討の結果、この初出説は支持し難いいものである。ヴィニエの『歴史の鑑』は13世紀のヴァンサン・ド・ボーヴェ『歴史の鑑』の仏語訳である。問題の箇所はヴァンサン・ド・ボーヴェがラテン語で“Educatio et disciplina mores facit”と述べた一節で、ヴィニエがこれをいかに仏語訳したかが焦点となる。ヴィニエ写本には(A)1300-1400年頃の写本、(B)1370-80年頃の写本、(C)1396年写本、(D)1495年の揺籃期本がある。(A)~(C)の写本段階では当該箇所は“Nourriture et discipline fait bonnes meurs.”と翻訳されており、〈educatio〉は〈nourriture〉で受けられている。ヴィニェの死後刊行された揺籃期本(D)において、突如、何故か“Educatio et discipline fait les meurs”と訳語がすり替えられていることが明らかとなった。 それでは仏語〈education〉の初出は1495年かというとその限りでもなく、ヴァンサン・ド・ボーヴェの『貴族の子らの教養』(1247頃)のジャン・ドーダンによるフランス語訳(1401-1500年頃)である可能性を〈education〉の具体的用例とともに示しておいた。この研究成果は詳細に論文として論じてある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は西欧諸語にあって〈教育(education)〉という語彙を派生するにいたるネオ・ラテンにおける〈educatio〉の用例に着目し、15世紀にギリシア語からラテン語に翻訳・翻案された教育論文献を対象に、近代揺籃期における教育言説を構成した語彙基板を実証的に解明することを目的とするものである。その緒にあって、2019年度は、仏語の写本、揺籃期本の収集及び読解・分析を進め、ヴァンサン・ド・ボーヴェの作品とその仏語訳の照合を行うことができた。その際、偽セネカ『道徳格言集(De moribus)』の一節、“Educatio & disciplina mores faciunt”(educatio とdisciplina がmores を制作する)が要となる典拠となっており、この翻訳を軸に近代諸語における〈education〉の生成について研究することが可能であることが見通せるようになった。また15世紀以前のラテン語辞典などの収集も進み、今後の検討材料も蓄積されつつある。例えばeducareとeducereの基本的な用法の違いについて正則を弁えていた時代から、地滑り的に両者を混同していく歴史的過程をも視野に入れることができるようになった。本研究がおおむね順調に進展していることの証左である。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究は各国の電子図書館を積極的に活用し、西洋教育史研究の新たな手法を切り拓く先駆的意義をも有する。ただしすべての文献がネット上で閲覧できるわけではなく、電子化されていない刊年の異なる版の異同の確認等、適宜、海外史料調査を実施しなければならず、2020年度の計画では、ハーバード大学ルネサンス研究センター(ヴィラ・イ・タッティ)やフランス国立図書館等を訪れて、史料の現物を確認しながら、電子図書館では閲覧困難な史料のうち、特に重要なものについては複写依頼する計画であった。2019年末からの新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、とりわけ欧州は甚大な被害を受けている。したがって、今の段階では、2020年度に海外史料調査を実施するのは困難であろうと想定している。そのため計画を一部変更し、国内からの検索・閲覧可能な史料の充実を重点化し、海外での史料調査は次年度以降に延期することを計画している。研究費の繰越等の手続きが必要な可能性もあるが、本研究の計画を大幅に見直す必要なないと考えている。
|