研究課題/領域番号 |
19K02494
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
白水 浩信 北海道大学, 教育学研究院, 教授 (90322198)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ヴァンサン・ド・ボーヴェ / サン・ヴィクトルのフーゴー / 『貴族の子らの教養』 / 『修練者の教導』 / educatio / disciplina |
研究実績の概要 |
2020年度は計画していた海外渡航による現地史料調査が困難になるなか、フランス国立図書館(BnF)のガリカ及び英国図書館(BL)のEarly English Books Online(EEBO、於九州大学)をはじめとした各種デジタル・ライブラリーを検索・閲覧し、ラテン語〈educatio〉及びその重要関連語彙である〈disciplina〉の用例を確認することに従事した。 2019年度、ジャン・ドーダンによるヴァンサン・ド・ボーヴェ『貴族の子らの教養』の仏語訳(15世紀)において、仏語〈education〉の初出例を発見・提示したことを承けて、2020年度は『貴族の子らの教養』が重要な典拠として仰ぎ、随所で逐語引用するサン・ヴィクトルのフーゴー『修練者の教導』(12世紀)を検討することにした。具体的には、『貴族の子らの教養』におけるフーゴー作品の参照箇所特定、それから『修練者の教導』における〈educatio〉及び〈disciplina〉の用例の摘出、分析検討を行った。『修練者の教導』は中世におけるdisciplina論の画期であり、同『ディダスカリコン』をも凌ぐ172件の写本が確認されている。近代揺籃期との関連で言えば、『修練者の教導』のフランス語訳写本が発見されたことは特筆すべきである。興味深いことに、フーゴーは一度も〈educatio〉を用いることなく〈disciplina〉に領導されることで教導(教育)論を書き上げている。にも拘わらずフーゴーからの引用で埋め尽くされた『貴族の子らの教養』では、“Educatio et disciplina mores facit”という偽セネカの格言が挿入され、〈educatio〉は〈disciplina〉と同格の意義を与えられ、習慣形成の文脈に引き寄せられる。これらの研究成果は、本年度、論文として公開する準備を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は西欧諸語における〈教育(education)〉という語彙を基板とする言説空間の生成について検討するものであった。その目的は変わらないのだが、15世紀前後のラテン語〈educatio〉の用例を検討していくうちに、さらに中世にまで遡り、〈educatio〉のみならず、むしろ〈disciplina〉に関するラテン語用例を検討する必要に迫られた。作業を手がけて判明したのは、近代揺籃期を境として過去に遡ると、〈educatio〉の用例は一般的ではなくなるからであり、謂わば「〈educatio〉なき教育論」がいかなる語彙によって領導され、いかなる文脈によって構成されていたかを実証的に示さなければ、16世紀以降の〈educatio〉を軸とした新たな語彙基板による言説システムの生成とその歴史的意義を効果的に説明することはできないからである。それゆえ2020年度は西欧の現地図書館に赴き、中世まで視野に入れたマニュスクリプト史料の収集に従事する予定であったが、不測の新型感染症の拡大に伴う入国制限という事態によって海外渡航は断念せざるを得なかった。その代替措置として、各国の主要図書館が提供しているデジタル・ライブラリーを活用し、ラテン語やフランス語で筆耕された稀覯写本を国内で閲覧することによって研究を進捗させることにした。このことによって中世史料まで視野に入り、これまで〈educatio〉にのみ局限されてきた分析視点が、〈disciplina〉という対照軸を得ることによって、サン・ヴィクトルのフーゴー『修練者の教導』という当初は予期していなかった史料を入手することができ、興味深い知見を獲得しつつある状況である。本研究が概ね順調に進展していると判断する所以である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究を遂行する意義の一つに、近年、日進月歩の勢いで整備が進みつつあるデジタル・ライブラリーの活用を通して、西洋教育史研究の新境地である、インターネット・アーカイブやオンライン・データーベースを利用した研究手法を開拓することがある。新型感染症の拡大という歴史研究にとっては甚だ不利な状況下にあっても、電子化史料の活用が軌道にのれば、手をこまねいて事態が好転するのを待つ必要はない。それどころか、各国主要図書館では非対面でのライブラリー・サービスを充実させており、現地に赴いても閲覧が許可されないような稀覯写本でさえ公開されているケースが稀ではないことが知られつつある。それならばこれを機に本研究も電子史料の活用をいっそう追求するにしくはない。2021年度も海外渡航制約の継続が見込まれるなか、所蔵検索及び閲覧可能なデジタル・ライブラリーに関する情報の収集に努め、史料調査が可能な場を広げていく努力を継続していくことにする。にも拘わらず、やはり現物を確認しなければならないようなこともあり、海外史料調査が不可避になった場合に備えて、最終年度である次年度に海外旅費を繰り越すことも視野に入れながら、本研究を遂行することにする。
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