本年度は、擬プルタルコス『子どもの教育について』の各国語訳のうち未見であった、仏語初の翻訳、ジャン・コランによる訳書の入手と読解分析に集注した。研究着手当初、存在は知りつつも、所蔵の特定さえ困難であった本書が、ソルボンヌ大学図書館にあるとの情報を得て、現物複写の形で取り寄せることができた。本書の表題は、Le liure de plutarche de ledvcation & nourriture (1537)というもので、ギリシア語表題にあるアゴーゲー(agoge)をeducation & nourritureで受けていることが分かる。しかし、実際の翻訳部分において、educationが現れるのは僅か2箇所に過ぎない。前文から、本訳書がヴェローナのグアリーノによるラテン語訳を踏襲したものであることが判明したが、グアリーノがアゴーゲーをeducatioと訳した箇所でさえ、nourritureと仏語訳している箇所もあり、当時、いかにeducationが仏語として馴染まず、nourritureに代置されていたかが分かる。15~16世紀は教育言説の転形期としてますます重要である。 プルタルコス『子どもの教育について』の各国語訳を西欧教育言説の語彙基板を知る羅針盤として活用し、その訳語対応表を作成することができた。パイデイア(paideia)は専らdiscipline(規律、学問)系の語彙で受けられ、トロフェー(trophe)がnourish(営養、養育)系の語彙で受けられるという傾向が顕著である一方、15世紀のグアリーノ訳からしてすでにアゴーゲーの訳語として新奇なeducation系の語彙へと置き換わりつつあった。近代揺籃期、子どもの導き(アゴーゲー)の学としてのペダゴジー(pedagogy)の基軸語彙としてeducationが据えられつつあったことが根拠をもって推定可能である。
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