研究課題/領域番号 |
19K02495
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
八鍬 友広 東北大学, 教育学研究科, 教授 (80212273)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 往来物 / 寺子屋 / 識字 / 正統的周辺参加 |
研究実績の概要 |
本研究は、近世日本における読み書き能力の育成が、寺子屋などのような、教育のための独自の過程の発展に支えられつつも、正統的周辺参加過程(職業的能力形成の過程)へと接続して完結するという性質を有していたことについてあきらかにするものである。 このため、寺子屋関係資料、往来物、職業能力形成に関する資料等を調査し、往来物を中心としてなされる識字能力と、文書作成を中心とした職業能力との関連について具体的に検討することを計画していたものである。コロナ禍により、当初の調査予定は大幅な変更を余儀なくされ、実際に調査を実施できたものは、福島県歴史資料館のみであった。また、その調査も大きな制約をともなうものとなった。 以上のような状況に鑑み、今年度新規の調査については最小限とし、これまで得られた資料による立論、および福島県歴史資料館における調査によって得られた資料による立論をおこなうこととした。 これまで得られた資料としては、実際の訴状を範例として成立した目安往来物(実際の訴訟等において作成された目安が読み書きの教材となっている事例)のうち、一連の目安往来物の発端となった白岩目安(現在の山形県西川町などの地域でおこった百姓一揆において提出された目安を読み書き教材としたもの)について、これまで発表してきた論稿以後に確認された事例を含めて、新たな分析をおこなった。その結果については、西村山地域史研究会の主催する講演会において発表し、また『西村山地域史の研究』第38号に論文を掲載した。 福島県歴史資料館の調査に関しては、陸奥国宇陀郡玉野とその周辺山地の帰属をめぐって17世紀に作成提出された目安が往来物となっている事例を確認し、その意義について考察した。その結果については、法文化叢書第19巻『法の手引書/マニュアルの法文化』に掲載される予定となっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究実績の概要にも記したように、本研究は、近世日本における読み書き能力の育成が、寺子屋などのような、教育のための独自の過程の発展に支えられつつも、正統的周辺参加過程(職業的能力形成の過程)へと接続して完結するという性質を有していたことについてあきらかにするものである。寺子屋関係資料、往来物、職業能力形成に関する資料等がその素材となる。 以上のうち、往来物については、これまで研究史において確認されてこなかったいくつかの資料を収集することができた。新種の往来物といってよく、目安往来物(訴状を読み書き教材として編集したもの)の類書であることから、これまでの目安往来物の研究を更新するものとなっている。またこれは、訴状の作成をはじめとする訴訟の実務や、訴訟にかかわる村の歴史に関する教材であり、近世のリテラシーの社会的性質の一面を示すものともなっている。本研究の課題に照らして重要な発見ということができる。これらの資料について、すでに論文を執筆し、著書への掲載が決定している段階となっている。 ただし、寺子屋における実際の学習過程に関する調査については、コロナ禍もあり、必ずしも十分には進展していない部分がある。したがって、予算の執行においても、旅費として確保した部分が、ほとんど執行できなかった。この点については、進捗状況に若干の遅れがあるとみなされてもやむを得ないものとなっている。コロナ禍の状況にもよるが、今後、これらの調査を強化していくことが課題となっている。
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今後の研究の推進方策 |
今後においては、出張による調査が可能となった場合、寺子屋の学習過程に関する資料調査を進めていく予定である。福井県、山形県、福島県などが、主要な調査地となる。コロナ禍により、それがなお困難である場合には、すでに入手している資料の解読を進めることとする。とくに、福井県における木村家資料の解読を進めることとする。また、先行研究において明らかにされている寺子屋の教材に関する情報にもとづいて、それらが実際にどのような読み書き能力を実現するものであったかの分析についても、あわせて進める。 以上によりながら、近世日本におけるリテラシーの社会的性質に関する考察を進め、可能なところから、論文あるいは著書において考察結果を発表するものとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定していた資料調査が、コロナ禍により、出張ができなかったため、旅費が0となったことによるものである。 今年度、調査が可能となった場合には、調査を実施する予定である。
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