本研究は、近世日本における読み書き能力の育成が、寺子屋などのような、教育のための独自の過程の発展に支えられつつも、正統的周辺参加過程(職業的能力形成の過程)へと接続して完結するという性質を有していたことについてあきらかにするものである。このことを明らかにするため、寺子屋における読み書き教育の過程を具体的に検討し、近世におけるリテラシー形成が有する以上のような社会的性質について研究することを目指したものである。 本研究の実施期間は、コロナ禍の時期とほぼ重複しており、文書館や図書館等の施設・機関が大幅に利用制限をしている状況下における研究となった。このため、遠隔地に直接赴いて資料調査をおこなうことが困難な状況ではあったが、今年度においては、ようやく埼玉県、鹿児島県などにおける資料調査をおこなうことができ、今後の研究課題につながることとなった。 研究期間全体を通じて、新しい往来物(近世以前における読み書きの教材)の発見、およびそれに関する事例的な検討を行うことができた。とりわけ、福島県における「玉野目安」の事例が発掘されたことは、目安往来物(近世における裁判訴状をテキストブックとする教材)の歴史にあらたな一頁を追加するものとなった。この研究については、松園潤一朗編、『法文化(歴史・比較・情報)叢書⑲ 法の手引書/マニュアルの法文化』(2022年3月31日、国際書院、全297頁)の第2章「近世日本における訴状を教材とする読み書き学習-「玉野目安状」を事例としてー」(同書55-84頁)として公刊されるにいたった。 遠隔地における資料調査等が困難な状況下において、読み書きの歴史そのものをマクロに見直す研究へと重点を変更し、近代以前の日本における読み書きの特質について、通史的な検討をおこなった。その成果として、『読み書きの日本史』岩波新書(2023年)が公刊されるに至った。
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