研究課題/領域番号 |
19K02561
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研究機関 | 滋賀大学 |
研究代表者 |
太田 拓紀 滋賀大学, 教育学部, 教授 (30555298)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 学校紛擾 / 教育関係 |
研究実績の概要 |
本年度は、大正期に焦点づけて中学校における学校紛擾の事例研究を実施した。具体的には水戸中学校の同盟休校事件(大正10年)を主に取りあげ、紛擾が頻発した当時の学校文化や教師・生徒関係の特質について検証した。その際、明治期との比較から、大正期学校紛擾の特性を明らかにしようとした。なお、本研究では紛擾当事者である生徒の行為や動機に着目し、彼らが記した日記や自伝など生活史的資料を広く活用することとした。従来の研究では紛擾を教育の病理として描く傾向がみられたが、本研究は当事者の「生活世界」(A・シュッツ)に依拠するため、新たな紛擾像を提示する可能性があると考えた。 分析の結果、事例の中学校においては、教師・生徒関係が打算的なものではく、指導者のカリスマや人格で結合した、いわゆる前近代的な関係が維持されており、それが紛擾の一因と推測した。生徒たちは退学等の処分により自らの進路を断たれる恐れがあったにもかかわらず、学校の慈父と仰ぐ教師(校長)との関係を優先し、同盟休校へと突入していった。つまり、人格を介した教育関係は、合理化された近代学校においても基層で脈々と生きつづけており、それが大正期紛擾の背景であった可能性を指摘した。また、大正後期は政治権力が反体制的思想の取り締まりを強め、しばしば自由主義に傾倒する学校教育に介入する時期であった。そうした社会的・政治的統制の強化と大正新教育・自由教育との軋轢が紛擾頻発の基盤にあったと考察した。 以上の成果は、日本教育社会学会第72回大会において口頭発表し、『滋賀大学教育学部紀要』第70号にて論文を公表した。また、その他の事例についても、できる限り資料収集を行った上で分析を進めており、徐々にではあるが、大正期における学校紛擾の特質が明らかになりつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和2年度の研究計画は、主に紛擾発生校の事例研究の実施であり、具体的には当該地域の高等学校とその同窓会、公立図書館、公文書館等に赴いて綿密な資料調査を行う予定であった。しかし、感染症拡大の影響により出張機会が限られた結果、想定していた資料調査が必ずしもできなくなった。その結果、事例研究に若干遅れが生じてしまった。とはいえ、感染症拡大以前にある程度収集していた紛擾事例の資料があり(水戸中学校)、それに基づき、学会発表と論文執筆を行なうことができた。 他の紛擾事例についても、可能な範囲で現地にて資料収集を試みたが、施設の滞在時間の制限等を受け、十分な活動ができなかった。その一方で、昨年度に引き続き、教育関係論や教育の近代化論など理論的検討を行い、一定の成果が得られた。多様な事例研究の成果を理論的にまとめる際に、重要な視点を獲得することができ、研究の総括に向けてよい準備ができたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、大正・昭和初期における学校紛擾の事例研究を実施する。とくに、今年度は研究が未着手である昭和初期の中学校紛擾事例を取り上げる予定である。一昨年に作成した新聞記事の学校紛擾データベースに基づき、その時期を代表する紛擾事例を選択し、主に教師・生徒など紛擾当事者の行動様式や動機等を明らかにしたい。なお、資料として活用するのは、日記・回顧録・自伝等の生活史資料である。これまでの学校紛擾研究では、行政文書・学校文書など公的な記録簿や新聞・雑誌記事といった報道記録を資料に、紛擾像が検討されてきた。一方、本研究は当事者による生活史資料を用いることを主眼にしており、これによって新たな紛擾像を模索することが可能となる。加えて、当時の学校文化や教師・生徒関係の特質から紛擾の発生要因を探りたい。資料収集は、感染症の状況に留意しつつ、基本的に紛擾発生校後継の高等学校とその同窓会、公立図書館の郷土資料室、公立公文書館等にて行う。なお、令和3年度は研究課題の最終年となるため、昭和初期の紛擾事例についての学会発表・論文執筆とともに、総括となる著作物の刊行に向けた検討を行いたい。
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