本研究の目的は、「準市場」を介して「社会的に公正な教育」の実現がどのように、どの程度可能なのか、そこでの課題はどのような点にあるかという点に関して、理論的研究だけでなく、教育実践現場の調査に基づく実証的な研究の双方を並行的、往還的に進めることにあった。
今年度は、パンデミック以降初めて、以前繰り返し実地調査を繰り返して来たボストンの学校現場に訪問して、聞き取りを実施し、一定のデータを収集した。この学校は、同市におけるパイロット・スクールと呼ばれる学校運営に一定の自律性を認められた準市場的学校群において「社会的に公正な教育」の実践に取り組む学校であり、そのコロナ禍以降の実態を把握すべく訪問したが、ある種のスキャンダルと政治状況等を背景として、同校は2022年6月をもって閉鎖された。この状況の学術的理解はまだ途上にあるが、関係者への聞き取り、及び、この問題を扱った米国教育学者による論考を翻訳し学会誌に掲載されることになっている。また、日本において人権教育に関する取り組みで注目される学校でも実地調査を行い、社会的に公正な教育の具体的事例に関するデータの収集も試みた。
理論研究の面では、Nancy Fraserの政治哲学の教育学的応用の試みを昨年度に続いて進め、「再配分・承認・代表の政治」という概念にとどまらず、彼女が「再帰的正義」における「正義の文法」と名付けたプラグマティックな正義論、及び彼女がAndre Gorzから引いて援用する「非改革主義的改革」という概念に関しても検討を加え、さらに、この概念をFrazerとは独立に議論の俎上に載せた批判的教育学の代表的研究者であるMichael Appleの議論を参照して、学術論文の執筆準備を進めた.これは、2023年度中に刊行できる見込みである。
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