今日の音楽科教育には、様々な音や音楽を視野に入れて音楽学習を組織することが求められている。音楽科の教材・学習材概念を再検討することは、多様な音楽科授業を構想・実践・省察・批評するための基盤となる。音楽科の教材について思考する主体は、教材の定義を前提としつつ、音楽科の教材についての様々な言説に触れ、更に学習指導案を作成したり読んだりする際にはその慣習に従うというように、重層的な文脈の中に身を置く。そしてこれらの文脈は、それぞれ異なる性格や強調点を持っている。そこで、音楽科授業に関する先行研究を整理することにより、音楽科の教材に見られる文脈依存性を確認した(学会発表および学術論文として報告)。 小笠原喜康氏は、教材を機能的関係概念として(即ち「働き」の次元として)再定義している。これは学習者側の「受けとめ」も含めた定義であり、現実の授業に即した教材の定義である。ただし先行研究では、主に国語科や社会科を例として論述されており、「受けとめ」を支える学習者の感覚的受容は暗黙の前提となっている。文章化された学びの素材が中心を占める教科に比べ音楽科は、抽象的かつ不可視であり、瞬間的で流動的な音・音楽についての学びが中心となる。従って音楽科をモデルとすることで、実体論的な教材観だけでなく、関係論的な働きの次元で教材を捉える意義も理解しやすくなる(学会発表として報告)。 音楽教育学者の八木正一氏は、音楽科の教材の働きを「解釈」「構成」「生成」という3つの類型に整理している。「生成」とは主に創作指導において学習活動の場全体が教材として働く場合を指す。最終年度の研究では、「場」を「しかけ」が複合的に作用する場として捉え、更に「学習材」という視点から創作指導を見つめることで、既存の楽曲に依拠しない音楽づくり・創作の授業と、音楽文化との関係性を追究する糸口を見出した(学術論文として投稿中)。
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