小川博久(本研究元協力者)が提起する「遊び保育論」は、施設集団保育において保育者が制度上抱える2つの困難(対象の複数性、行為の同時並行性)を軽減し、クラスの全ての子ども一人一人の遊び行動を適切に見取り援助するための方法論を提起してきた。本研究は、就学前施設におけるアクションリサーチによって、新人保育者が「遊び保育論」を実践する場合に遭遇する課題(子どもの集団形成力の弱体化、教師の幼児に対する個別的・言語的関与傾向)を克服し、遊びに対する指導力を獲得する過程を解明することを目的としている。 一昨年度と昨年度は、クラスの子どもたちの遊びの読み取りが、新人保育者はクラスの数人の子どもしか把握できていないのに対して、ベテラン保育者はクラスのほぼ全員について、どこでどのようにして遊んでいたかを読み取れていたこと、それは室内全体を俯瞰するまなざしの有無によっていること、そのまなざしは単に、保育者の意識だけでなく、遊び状況によって規定されることを明らかにした。 最終年度は、ベテラン保育者の俯瞰するまなざしの確立を可能にするのは、①子どもの遊び状況が保育者から自立的であること、②保育者が個別に関与を求めてくる子どもに対して、発話行為としては応じながらも、視線は交差させずに作るパフォーマンス(製作コーナーにいる場合)を維持しながら、自身の作る手元に視線を向け続ける(つまり保育者の主要な関心は作ることにあるという身振りをする)というマルチモーダルなふるまいであることを明らかにした。②によって、個別関与と集団への援助(モデルの提示と俯瞰するまなざしの確立)が可能となり、保育者が制度的に抱える困難が克服されることになると考える。言い換えれば、新人保育者の子どもに対する個別的かつ言語的関与傾向が、保育者の抱える制度的困難の克服をより難しくしていることが推察される。
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