研究課題/領域番号 |
19K03140
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
山田 吉英 福井大学, 学術研究院教育・人文社会系部門(教員養成), 准教授 (30588570)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 断片知識論 / p-prims / 因果関係 / 仮説実験授業 |
研究実績の概要 |
・仮説実験授業に見られる子供達の予想の「理由」は断片知識論的である。藤岡・佐伯ら(1989)は仮説実験授業の実践者尾形(1985)の『ばねと力』の実践ビデオを分析し、子どもたちの学びの実態を「解読」している。その中で佐伯は「...やっぱり何となくアナロジカルに、帰納的に、あるいはこっちの話とこっちの話をつないで、その授業の中で言われている事柄の論理的なつき合わせでやっている...」「...論理構造が転移しているという感じはあまりない」と感想を述べている。子供の発言の意味理解は教師にとって重要だが(玉田泰太郎のような名人をもってしても)しばしばそれは難しい。p-primsについての知識は、教師と学習者の対話を支援できるかもしれない。 ・運動方程式ma=Fやオームの法則V=IRといった古典物理学の中心的な法則を意味理解する手がかりとなるスキーマがオームの p-prim である。それは「因果関係」に関わり、「現象は動作主・原因力の作用の結果であって、その作用の際には抵抗・干渉が伴う」と図式化される。その名の由来はもちろんオームの法則であるが、多くの学習者にとって(diSessaの想定に反して)その受容・意味理解はかなり困難である。小中学校の教員志望者100 名ほどにオームの法則周辺に関する調査を行ったところ、電流と光の混同(発電≒発光)、電流・電圧・抵抗の未分化、物性定数でなく現象としての電気抵抗、抵抗の概念を伴わない導体/不導体の二分思考、電源・電圧の動作主性の不活性などの傾向が確認できた。オームのp-primやその「抵抗」についてさらなる検討が必要である 現在までの研究状況を以下にまとめた。 https://docs.google.com/document/d/1cvr9FQ5gyhVgaGcuIPD6-A2SiJkxbI3WorlwAfpfjDA/edit?usp=sharing
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
1.コロナ禍対応のため遠隔授業用オンデマンド教材準備に多くエフォートを取られたことと、筆者自身の体調不良(過労)により、文献検討に費やせる時間が減少したため。 2.学生の学習をより注意深く観察したところ、学習過程の複雑さが当初の想定を超えていることが判明したため。 後者の理由についてもう少し述べる。本研究では「誤概念」描像よりも粒度の小さい「p-prims」描像で授業における学生の認知を捉えようとしていたのであり、実際、その目論見通りにはなったのであるが、同時に困難もはっきりしてきた。すなわち、p-primsは物理現象に対する認知の仮説的単位であるが、実際の授業実践においては、教育目標・学習目標や、それを実現するための教材内容、活動内容、指導方法などを設定しなければならない。筆者自身の(zoomによる遠隔授業)実践においては、玉田泰太郎の実践をベースとして用いたのであるが、その際にp-primsだけでは説明しきれない困難や指導上のギャップがいくつか確認された。それは例えば、epistemology(認識論:knowledge about knowledge)に関する問題であったり(予想の根拠が「そう習ったことがあるから」「そういう公式を使って問題を解いたことがあるから」となってそれ以上の対話が停止するなど)、数理に関する問題である(ベクトルが扱えず変位・速度・加速度・力が未分化だったり、比例や反比例の感覚が未発達であったりなど)。実際、これらの問題点はdiSessaの院生であったHammerやSherinが断片知識論の拡張として取り組んだ課題であって、筆者はその先行研究の流れを追体験してしまったことになる。このため、catch upするため、彼らの論文を検討することに多くの時間を費やすこととなった。
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今後の研究の推進方策 |
「誤概念に基づいてカリキュラムを開発する」というアイディアが単純過ぎるのと同様に、「p-primsに基づいてカリキュラムを開発する」というアイディアもまた単純すぎたようである。断片知識論≒p-prims論という解釈は狭すぎた。断片知識論はp-primsを主たる要素として、(diSessa自身が導入したより粒度の大きい認知要素「メンタルモデル」「ナラティブ」「言葉の上での事実」「信じた事実」)に加えて、)HammerやElbyが研究した認識論的要素、Sherinが研究した数学的要素Symbolic formsなどを含む。実際に大学での物理授業を準備して実践するという現実の仕事を行う上では、(多様な)学習者の前提知識、教育目標・学習目標、教材内容、活動内容、指導方法などについての意思決定が必要であり、概念的認知要素、認識論的要素、数理的要素などの要素をすべて考慮しなければならない。 本研究プロジェクトは断片知識論の中でも特にp-primsを中心に検討するものであるから、問題(予想)に対して推論や判断を行う際、そもそもp-primsが呼び出されない状況(他の知識構成要素の呼び出し)はできるだけ抑制しておきたい。しかし、熟達者でさえ現象の判断や推論にp-prims以外の要素を用いるであろうから、何でもかんでも抑制した実践を試みればよいというものでもない。 仮説実験授業や玉田泰太郎方式の実践、あるいはPERの第一世代カリキュラムに共通する特徴として、概念的予想問題が授業の最初の段階から導入される。このような特徴は、その現象に類する体験の蓄積や類推が不足している場合には、不透明な「直感」やかなり形式的な類推を引き起こす可能性がある。そこで3年目の研究は、特にこの点に留意した検討を行う予定である。 同時に、比例・反比例やベクトルなどについても状況の把握と学習の改善を進めていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍による海外学会出張旅行の取りやめのため。
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