研究課題/領域番号 |
19K03189
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
村本 由紀子 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (00303793)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 自己と他者 / 集団規範 / 暗黙の能力観 |
研究実績の概要 |
過年度に大学院生やPDと共同で実施した実験・調査の結果分析を進め、一連の成果の英語論文化に注力した。第一の研究(論文投稿済・審査中)では、能力の可変性に関する信念としての暗黙理論に応じて、他者の課題遂行に対する評価や指導教育のあり方がいかに異なるかを検討した。先行研究では、能力は可変的と考えて努力を重視する増加理論と能力は固定的と考えて努力を軽視する実体理論との対比が強調されてきたが、本研究では、実体理論をもつ指導者が学習者の適性を判断するために努力の情報的価値を重視するという仮説を検証した。成績不振の学習者の努力量を操作したシナリオを参加者に呈示し、指導者の立場で評価やアドバイスを行うよう求めたところ、増加理論者は学習者の努力量の多寡に関わらず、努力の継続を助言する程度が変わらなかった一方、実体理論者は生徒の努力が少ない場合には、多い場合に比べ努力の継続を助言する程度を強めていた。第二の研究(論文投稿準備中)では、社会環境としての流動性の高さが自己に対する他者からの評判の維持動機に及ぼす影響を検討した。うち研究1では、大学の軽音楽活動者を対象とし、活動メンバーの組み換えを高頻度で行うサークル(高流動性社会)と、固定メンバーで長く活動を行うサークル(低流動性社会)で調査を実施した。結果、社会レベルの流動性とは別に個人レベルでも音楽活動歴に応じて流動性の高さが異なり、これが他者からの評判に対する敏感さに異なる影響を及ぼしていることが示唆された。研究2では、複数の小グループ間でメンバーの入れ替えを行う高流動社会の状況を実験室内に設定したうえで参加者に課題を与える実験を実施し、課題遂行力の低い人は高い人に比して、外集団よりも内集団成員間での自己の評判に敏感であることを確認した。これらを踏まえ、他者からの評判を維持しようとする動機が個人の規範遵守行動に及ぼす効果について考察した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
年度当初の計画では、集団内外の社会的不確実性に関わる社会環境要因に着目し、異なる社会環境下にある集団の成員が個人的選好に反する規範を遵守するに至る過程・規範が破られる過程を検討する社会調査を構想していた(人的流動性の異なる企業・業界間比較、ないし居住地流動性の異なる地域間比較)。まず国内調査、次いで日米比較調査を行う方向で準備を進めたが、新型コロナウイルス感染症拡大に伴って多くの企業等がリモートワークを採用し、人々の相互作用のあり方や職場規範のあり方が従来とは大きく変化していることから、調査トピックスの見直しを余儀なくされた。同じく感染症拡大の影響で、実験室実験の実施もかなわなかった。他方で、国際学会誌での公刊を念頭に、過年度に実施した共同研究の成果を英語論文としてまとめることができた。
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今後の研究の推進方策 |
近年の研究では、多くの人々が個人的には支持していない「不人気な規範」が多元的無知によって維持されるメカニズムの探究が進展しつつあるが、どのような条件のもとで当該の規範が崩壊に至るのかについては、なお議論の余地が大きい。たった一人の逸脱者が出現しただけで規範が崩壊に向かうこともあれば、逸脱者が相当数に達してもなお、規範を打ち破ることが困難な場合もある。何名の逸脱者が先行すれば個人が追随行動を取ることができるかという「閾値」には、社会環境、規範そのものの性質、多元的無知を生み出す誤推測の様相など、様々な要因が関係していると考えられる。社会調査と実験室実験、双方の方法論による検討を念頭に置いて、個人差を越えて「閾値」に影響を及ぼすマクロレベル・メゾレベルの諸要因の探究を進めたい。具体的には、社会環境としての流動性の影響に加えて、規範が他者の選好の誤推測に基づいて維持される場合(岩谷・村本, 2015; Prentice & Miller, 1993)と他者からの評判の誤推測に基づいて維持される場合(岩谷・村本, 2017)を区別し、前者に比して後者の方が、逸脱のペナルティに対する懸念が大きく、逸脱行動が拡がるまでの閾値が高くなるという可能性について検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
一般サンプルを対象とした社会調査の実施計画が先送りとなったことなどの影響が大きく、2020年度受領額の一部を繰り越した。2021年度には、当該社会調査実施のための費用を支出する計画である。また、実験室実験についても、参加者謝金、セットアップに必要なコンピュータ関連機器、データ分析のための統計ソフトの購入等を予定している。実験については、新型コロナウイルス感染症拡大による影響がなお続くことが想定されるため、リモート環境下での実施を念頭に置いた実験の可能性を検討したい。一方で、国内外の多くの学会大会は引き続きリモート開催となるため、成果発表等のための出張旅費の支出は当初予定より大幅に抑えられる見込みである。
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