研究課題/領域番号 |
19K03190
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
橋本 剛 静岡大学, 人文社会科学部, 教授 (60329878)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 社会心理学 / 援助要請 / 援助行動 / ソーシャルサポート / 文化 / 感情 / 自己責任論 / 傍観者効果 |
研究実績の概要 |
援助行動やソーシャルサポートを活性化するための方策として、援助のニーズが見込まれる人々に対して、積極的に援助要請することを推奨することの重要性が、近年少なからず指摘されている。しかし、無闇に援助要請を推奨・促進することは、翻って種々の悪影響をもたらす可能性も考えられる。第一に、援助要請を過剰に推奨することによって、不要不急の過剰な援助要請も増加してしまい、結果的に援助資源の浪費や逼迫、不適切な分配などの問題が生じうることが考えられる。第二に、援助要請の推奨は、言わずとも自発的に配慮し合うことを美徳とする日本の社会文化的土壌にそぐわない側面もあり、顕在的な援助要請は、自身の内的および外的資源の欠如を露呈することになって被援助者をかえって傷つけてしまうなど、援助授受がむしろ悪影響をもたらしかねない、という逆説的な文化適合性の問題がある。第三に、援助要請の推奨による援助要請の規範化が、「援助授受は自己責任」という拡張的解釈に繋がり、それが諸事情による援助要請抑制者への冷淡な態度、自発的援助の抑制、傍観者効果の増幅などをもたらすことも懸念される。しかし、これまでこのような可能性について検討した試みはほとんどない。そこで本研究では、これらの論点を中心として、援助要請の推奨が、各方面にさまざまな悪影響をもたらしうる可能性について検証する。 令和元年度はその端緒として、これらの論点を検証するための枠組みの構築を中心的課題として、関連諸要因の定義、作業仮説や検証手法の検討を行った。具体的には、先行研究のレビューとともに、専門的議論を深めるために、前年度に実施した予備研究について日本グループ・ダイナミックス学会で学会発表を行った。それらの論考に基づいて、援助要請の推奨が、被推奨者の感情に及ぼす影響、さらにその規定因を含めて検討するための、複数のシナリオ実験を立案・実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究目的に照らし合わせての現在までの達成状況としては、年度末における新型コロナウイルス感染拡大による影響もあったものの、概ね当初の想定の範囲内で進展している。 まず、援助要請の推奨が潜在的被援助者に悪影響を及ぼす可能性について検証するための基本的枠組みについては、まだいくつかの課題や論点も残されているものの、一応は構築されたと言えよう。すなわち、援助要請の推奨者や推奨先を独立変数として操作することによって、被推奨者である潜在的援助要請者の感情等にどのような影響が生じるのかを検討した2つの研究が遂行され、それらの独立変数による顕著な影響が確認された。特に、推奨者が自身への援助要請を推奨した場合はポジティブに評価されるのに対して、専門家への援助要請を推奨した場合はネガティブに評価されるという知見は重要であろう。このことは、他者に専門家利用を推奨することが、かえって相手や関係性を傷つけるという可能性を示唆するものであり、専門家の拡充による問題軽減を図るという現代日本社会の施策のあり方に一石を投じるものとも考えられる。 しかし本研究は現時点において、援助要請の推奨が潜在的被援助者に及ぼす悪影響についての検討に留まっており、推奨者や援助者、さらにはそれをとりまく傍観者などに及ぼす影響については、まだ枠組みも確立されていない段階である。この点については、次年度以降に残された課題として、一層の進展が求められよう。 ちなみに、上記の研究成果は、2019年3月に援助要請研究会で、および2019年7月に国際心理学会で発表予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、ともに中止もしくは延期となったのは想定外の残念な事態であった。しかし2020年9月の日本心理学会において、ウェブ開催という形ながら、本研究の成果を発表予定である。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度は、前年度に実施された、援助要請の推奨が被推奨者に及ぼす心理に関する研究をさらに発展させるとともに、初年度に検討が不十分であった側面についても研究を展開する予定である。具体的には、潜在的援助要請者、潜在的援助提供者、そして初年度研究で導入した援助要請推奨者という三者関係における、多面的な双方向的影響の検討が求められよう。たとえば援助要請の過剰性について、過剰性を援助資源枯渇の観点から定義するならば、援助要請者と援助提供者の認識対応を用いた枠組みの研究などが考えられる。文化適合性については、援助要請の推奨・促進が、さまざまな文化でどのように認識・解釈されるかを比較するような異文化間比較研究も考えられよう。さらに援助要請の自己責任論については、先述した当事者三者よりも、むしろ非当事者(第四者としての傍観者)の心理に注目した検討が重要となるかもしれない。現在は新型コロナウイルスへの対応により、研究活動もさまざまな制約を受けている状況であり、今後もある程度の制約が生じるであろうことは想定されるが、可能な範囲内で障壁を乗り越えて、これらの研究を着実に遂行していければと考えている。 加えて、先述したようにコロナ禍の今後の見通しが立たない現在の社会状況においては、さまざまな側面において援助行動や援助要請にまつわる問題が噴出している。そこで、それらの諸問題の実情を把握し、その原因および帰結を明らかにし、事態をなるべく好ましい方向へと展開しうるような対応策の検討は、本研究の今後の展開においても重要な方向性として位置づけられるものと考えられる。当然ながら、そのような展開は研究当初は想定されていなかったものではあるが、本研究の基本的問題意識および現状の社会情勢を照らし合わせると、むしろそれらの問題への取り組みもまた、今後進むべき指針のひとつであると考えられよう。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は以下の通りである。本年度の研究計画として、当該年度に実施された調査研究の成果を、年度末(2020年3月)に開催予定となっていた研究会(援助要請研究会)にて発表することを予定していた。それに伴い、その旅費分の予算を年度末まで確保しておいたのだが、新型コロナウイルスの感染拡大によって同研究会が開催中止となり、その分の経費について、想定外の残額が生じることとなった次第である。 次年度使用分は、令和2年度の学会発表関連経費として使用する。
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