研究課題/領域番号 |
19K03193
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研究機関 | 和歌山県立医科大学 |
研究代表者 |
増田 匡裕 和歌山県立医科大学, 保健看護学部, 教授 (30341225)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ピア・サポート / グリーフ・ケア / ソーシャル・サポート / 対人コミュニケーション / 友人関係の発達過程 / 対人援助 |
研究実績の概要 |
研究の初年度はG.A.Kellyのパーソナル・コンストラクト理論(PCT)を応用した「類似性」の認知に基づく対人過程の理論的な展開に相当な時間を費やした。臨床心理学の理論であるPCTを社会心理学的な経験的研究に応用する試みが少ないからこそ本研究の意義があるのだが、そのためには認知心理学・パーソナリティ心理学的な個人内の態度や意味の構造を記述する方法論の再吟味が必要である。対人コミュニケーション研究に直接応用している他者理解やソーシャル・サポート研究の実践例を収集すべく、国内外の学会・研究会に参加した。特に本課題の理論的なバックボーンはコミュニケーション学における情報システム論及び個人内コミュニケーション論にあるため、全米コミュニケーション学会大会に参加して、最新の研究動向を見据えながら専門家との議論を行った。本研究の構想自体は間違っていないものの、方法論的の面からは克服すべき課題が多いことが再確認された。大規模な調査研究にしろケーススタディにしろ、PCTの臨床における測定尺度レパートリー・グリッドが余りにも高コストであり、本課題の趣旨にもそぐわないため、現実的なデータ収集法の検討を進めている。 そのためには、これまでラポールを維持していたグリーフ・ケアのピア・サポート・グループとの参与観察的な交流は必要であり、規模や対象者の異なる会合数回にスタッフとして参加した。本課題のテーマである「類似性」と参加者各人の多様性との葛藤、そしてその折り合いの現場に立ち会うことで、本課題の意義を再確認するに留まらず、この対人関係のダイナミズムをデータ化する上で現実的に測定可能な部分の絞り込みはできた。但し、年度末に至ってCOVID-19感染症の懸念から参与観察の継続が事実上不可能になり、現場での情報収集が困難になった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
進捗状況の遅滞は上述したような方法論の確立の困難さが故であるが、年度末にCOVID-19感染リスクへの警戒が急激に高まって、現場における探索的な調査研究が困難になったことで、現実的に可能な方法か否かを判断する基準が変わったことの影響も大きい。 本課題の対象となるピア・サポートをこれまで続けてきた子どもを失くした家族に対するグリーフ・ケアに限定すべきか、他の喪失体験に対象を広げるべきかという問題も課題であったが、対象者の感染症リスクの高低や、ピア・サポート活動をオンラインに移行することの容易さの違いなど、研究対象者の選定の基準は大幅に変わらざるを得ない。幸い最初のデータ収集に着手していないため、方法論の問題に付随する対象者選定の方針も変更することで研究計画が頓挫することはないものの、準備には時間を要する。 PCTを応用した「類似性」及び「共通性」に基づく対人過程の理論については、内外の心理学者・コミュニケーション学者との議論により、これまでの対人魅力研究に対する批評性の高さは認められているが、具体的な変数を操作することで仮説を構築するまでには至っていない。つまり、まだ説得力が十分とは言えない。 年度内でのデータ収集が困難になったことに伴ない、過去のインタヴュー調査で得たピア・サポート・メンバーのナラティヴを、PCTに基づいて分析することで、予備調査に代えることを検討している。 研究のデザインを前向きな縦断研究にすべきか、回顧的なナラティヴ研究にするのか、横断研究にするのかという点についても、再考が必要になっている。 また成果発表の場所についても、年度末より諸学会の開催状況が不安定になっており、途中経過の発表についても見送らざるを得なくなっている。
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今後の研究の推進方策 |
上述のように、COVID-19感染リスクへの対応状況が潜在的な研究対象者にどのような影響を及ぼしているかを見極めた上で、それぞれのサンプルに適切な方法を用いた調査を実施する。9月時点で今後予想されるリスクの高さに応じて、調査方法に合わせたサンプルを選ぶのか、その逆になるかが決まる。それまではどちらのアプローチも即座に取れるように具体的な方法論を構築し、ツールの準備をする。 PCTを応用した対人関係の発達過程、特にピア・サポートという関係における対人魅力と関係解消の過程については、未発表データのナラティヴ分析を6月末までに完了させるることと同時に理論の骨格を作る。その際、本課題の着想となったS.Duck(1994)のSerial construction of Meaningの理論を参照し、この理論の提唱者を含むさまざまな研究者と議論することで実用可能な状態にする。 所属期間のIRBにおける承認を11月ないし12月として研究計画書を準備し、9月の時点での判断で、質問紙調査(ウェブまたは郵送)か、ウェブを用いたインタヴュー調査のいずれかを実施する。サンプルの選択基準には、対象者の喪失体験由来の脆弱性のみならず、感染リスクの影響も加味する。 最もリスクの低いサンプルを対象とした調査はウェブ調査会社の一般パネルを対象としたものであり、その場合は「類似性」及び「共通性」の自己呈示が対人魅力・対人葛藤につながる要因を調査するものになる。本課題の趣旨では、「類似性」の自己呈示が「共通性」の自己呈示とならない条件とその帰結の可能性を調査する横断研究となる。リスクがやや高まる調査は、実際のピア・サポート活動をしている団体に協力を仰いだ質問紙調査もしくはウェブによる質問紙調査であり、「類似性」と「共通性」の違いを決定づける要因を見出すことが期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
方法論の問題解決に時間を要してデータ収集が遅れたことが主な原因の1つである。これに加えて、年度末のCOVID-19対策のためにデータ収集を延期したことで、当初の予算通りの執行には至らなかった。更に、情報収集のために予定していた調査旅費も未使用に終わったことも大きい。今年度は本来2020年度に予定していた情報収集や途中経過発表のための旅費支出、特に海外旅費の執行は予定を下回ることが予想される。その一方、旅行を伴わない、インターネットもしくは郵便を用いた調査に当初予算より多く支出できるため、サンプル数を増やす。リスクを鑑みながら、ウェブを介したインタヴューが可能になった場合は、文字起こしやコーディングなどの担当者への謝金を支出することになる。更に、成果物の質を向上させてより多くの読者を獲得すべく、英文校正への支出にも充当する。 もう1つの主な原因は、研究の遅れに伴なって研究機器の整備が遅れたところで、2019年度末にテレワークや遠隔授業のニーズが突如発生して機器が品薄になったためである。適切な機器やソフトウェアの入手には2020年度に繰り越すことが合理的と判断される。
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