本研究の大きな学術的問いは、功利主義vs正義・公正という二項対立図式を乗り越えた解決の道筋を探求することにある。功利主義とは最大多数の最大幸福を目指すもので、社会全体での協力を考える上で重要な理念的支柱である。しかし、功利主義だけでは、少数の受苦者を切り捨てかねないという別の問題を孕む。そこで登場するのが正義・公正という概念である。ただし、これらは両立不可能ではなく、両者を取り入れた解決が模索されるべきである。 本研究期間には、功利主義と公正が対立する構図となるNIMBY問題を取り上げ、社会的受容に繋がる/繋がらない状況や議論の枠組みを検討する。NIMBYとは、社会全体としての必要性が理解できたとしても、自分の近くには来てほしくないという忌避施設立地問題である。NIMBY問題は受益-受苦関係の対立を所与として議論が出発する。しかし、その所与の前提を崩し、誰(どこ)が受苦者になるか不明で、誰もが当事者になり得る状況(無知のヴェール下)で決め方を議論すれば合意に繋がりやすくなると考えた。ただし、それは無条件ではなく、無知のヴェールによる議論の意義と必要性を参加者が理解できる必要がある。 本年度は、高レベル放射性廃棄物処分地選定問題などを題材に検討した仮想シナリオ実験では、計画段階での無知のヴェール下による決め方の受容が、立地段階での受容に繋がることを明らかにした。また、ゲーミング研究では、事前にステークホルダーが決定にかかる価値基準について議論をする機会があり、無知のヴェール下による市民がその意見に基づいて議論する場合には、不利な決定の受容に繋がることを明らかにした。さらに、現実の市民参加による計画策定事例において、社会全体の望ましさについてステークホルダーと無作為抽出で選ばれた市民の両方が多段階で議論することの有効性を示し、具体的な筋道を提示した。
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