研究課題/領域番号 |
19K03205
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
石井 宏典 茨城大学, 人文社会科学部, 教授 (90272103)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 地域コミュニティ / 共同性 / 伝統行事 / コモンズ / 世代間継承 / 神人(かみんちゅ) / 沖縄 |
研究実績の概要 |
本研究は、地域の根ともいえるような場所で執り行われる伝統行事の継承実践に注目する。沖縄島本部町内で実施してきたこれまでのフィールド研究の成果をふまえ、伝統行事(年中祭祀)の現況に関してタイプの異なる6つ程度の集落を選定する。参与観察とインタビューによる実態把握と相互比較の作業をとおして、現在まで受け継がれてきた行事を後世につなげようとする諸活動が個人やコミュニティレベルに及ぼす影響について考察する。また、地域コミュニティの再生という今日的課題に取り組む際に、地域共用の場所(コモンズ)での住民参加の取り組みが地域の共同性を育むという観点が重要なことを示す。なお、本研究でとくに着目するコモンズは、地域の豊作豊漁や住民の安寧を祈願するための聖なる場所である。 研究期間の初年度にあたる2019年度は、神人(かみんちゅ)と呼ばれる女性祭司が行事を主導する2つの集落(海辺の備瀬集落、山手の伊豆味集落)での調査を中心に据え、伝統行事の継承実践を把握するための参与観察を重ねるとともに、神人やその補佐役など中心的担い手へのインタビューを実施した。加えて、両集落以外の4集落(神人主導で行事を進める崎本部集落、区長・書記が代行する伊野波、浦崎、浜元の3集落)でも予備的調査を試みた。 なお、過去10年間にわたり備瀬集落で重ねてきた調査研究の成果を、『根の場所をまもる―沖縄・備瀬ムラの神人たちと伝統行事の継承』(新曜社、290頁)として公刊した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、地域のコモンズで進められる伝統行事への参与観察と中心的担い手を対象としたインタビューによる実態把握をとおして、地域の共同性が生成・再生する過程(または衰退する過程)を考察することにある。調査地域である沖縄島本部町は、18世紀初頭以降の本部間切時代に起源をもつ集落(区や字と呼ぶ)が15ある。年中祭祀の現状を把握するための予備調査により、以下の3タイプに分類した。Ⅰ. 神人主導型:神人が祭祀を主導(7集落)、Ⅱ. 区長・書記代行型:神人不在のために区長や書記が代行(4集落)、Ⅲ. 住民輪番型:住民が輪番で執行(3集落)、その他に行事の現況が未確認の一集落がある。調査前には、神人が不在となると年中祭祀の衰退が加速することを予想していたが、Ⅱ型およびⅢ型においても一部省略を含みながらも祭祀が継続されていた。これら3つの類型ごとに対象集落を複数選定し、4年間の研究期間において現地調査を重ねたうえで相互比較を行う計画を立てた。 初年度にあたる2019年度は、神人が祭祀を主導するⅠ型に分類できる備瀬および伊豆味集落での調査に力点を置いた。備瀬においては、旧暦4月の四月大御願、同6月の六月大御願、同7月に一週間にわたって執行されるシニグという3つの主要な年中祭祀の場での参与観察を継続するとともに、2名の神人や手伝い役など中心的担い手への聞きとりを継続した。また、前掲単著を仕上げるための確認調査も並行して進めた。伊豆味集落においては、旧暦4月のアブシバレー(畦払い)、同7月のムラ拝み、同8月の豊年祭およびシバサシといった4つの年中祭祀の場を参与観察するとともに、それらの行事をひとりで取り仕切る神人への聞きとりを重ねることができた。なお、3月にも両集落を中心にした現地調査を行う予定であったが、新型肺炎の感染拡大に伴い、やむなく中止せざるを得なかった。
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今後の研究の推進方策 |
地域の人びとによって持続的に手入れ活用されてきた場所をコモンズと定義する。本研究でとくに着目するコモンズは、地域の豊穣や住民の安寧を祈願する聖なる場所(当該地域では、御嶽(うたき)と呼ばれる聖なる森やアサギと呼ばれるお宮など)である。既述の3類型ごとに、つぎのような推進方策で臨む。 Ⅰ. 神人主導型集落:初年度は研究計画どおり、備瀬および伊豆味を中心とした調査を展開した。備瀬についてはこれまでの研究成果を公刊できたが、引き続き、高齢の神人を後継する営みに注目しながら参与観察を重ねたい。伊豆味においては現在2名の神人がいるものの実質的には1名が各行事を背負う。彼女はムラの神人であると同時にユタとしての巫業(客に依頼されての禍厄抜除、病気の平癒祈願等)も行う。彼女の独特の世界観に近づくための参与観察と聞きとりを今後も重ねたい。 Ⅱ. 区長・書記代行型集落:初年度は浜元および伊野波の両集落において予備調査を実施した。浜元では、豊作祈願・感謝のための行事のいくつかが生活環境の変化を受けて廃止された。伊野波でも同様の措置が検討されている。区長および書記など中心的担い手への聞きとりによりこれら行事の再編過程を詳細に把握するとともに、各行事への参与観察を重ねる。 Ⅲ. 住民輪番型:浦崎および石嘉波集落で予備的調査を遂行する。浦崎においては、おもに中老年期の人たちによって集落単位の郷土誌の制作が進められている。この作業は、急激に生活環境が変化するなかで地域のルーツを刻み後世に伝えようとする営みといえる。郷土誌の構成立案、資料収集、執筆・編集という、完成までの過程を把握する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画していた現地調査の補助および資料整理のための費用については、研究者自身で調査と資料整理のすべてを担ったために次年度使用額が生じた。また、新型肺炎の感染拡大のために予定していた現地調査を遂行できず、その分を次年度に繰り越した。 次年度繰越分については、旅費に充てることで現地調査の回数を増やし、研究をさらに充実させたい。
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