研究課題/領域番号 |
19K03217
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
池内 裕美 関西大学, 社会学部, 教授 (50368198)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 苦情 / クレーム / 逸脱的消費者行動 / カスタマー・ハラスメント / 苦情対応 / 身体化認知 / 従業員保護 / 感情労働 |
研究実績の概要 |
本研究では、個人や社会に否定的結果をもたらす「逸脱的消費者行動」の中でも、特に「苦情行動」に焦点を当て、苦情行動者(以下、苦情者)を典型的な発言や態度から類型化し、その類型に応じた適切な対応方略を見出すことを主目的とする。本年度は研究実施計画に基づき「国内における苦情行動/苦情対応の実態調査」と、そこから派生的に生じた問題として「お詫びの品の効果測定」に関する実験を行った。 まず、苦情行動/苦情対応の実態把握を目的として、ACAP(消費者関連専門家会議)西日本支部に属する企業10社の代表者25名を対象に質問紙調査を実施した。主な質問項目は、「最も対応に困った苦情事例」や「その時の対応方法」などである。さらに、より現場の声を深く聴くために食品、医薬品、衣料品会社のお客様相談室の室長に面接調査も実施した。これらの調査の結果、対応が長引くほどに苦情者の不満が周辺的な問題(対応者の態度や企業の姿勢への批判など)に拡散することや、対応者が女性の場合はセクハラやストーカー行為に発展する可能性のあることなどが見いだされた。対応方法としては、こじれた場合は対応者の交代や複数人での対応が効果的であることが示唆された。その他、対応業務は高度な感情コントロールを要することから、従業員の約7割がストレスを抱えていることも示された。 また、上記の調査を通して得た“お詫びの品は重たい方が良い”という言説に興味が生じ、身体化認知理論を背景に「お詫びの品の効果測定」を試みた。具体的には、苦情者はお詫びの品の重量感と対応者の誠意の強さを関連付けて認識するか否かを確かめるべく、講演の場を借りて主催企業の協力の元、実際にお詫びを要する場面を作ってフィールド実験を行った。実験参加者は140名であった。その結果、仮説は支持され、お詫びの品は重たい方が、苦情者の不満や怒りを低減させるのに効果的であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
上記のように評価した理由は、2019年度に計画していた「国外における苦情行動/苦情対応の実態調査」が、社会情勢悪化の影響で滞っているからである。韓国は日本以上に苦情問題が深刻であり、それに対する法整備も進んでいる。よって本研究では、韓国で面接調査を行う予定であった。しかし、2019年は、日本が実施した半導体の輸出管理の強化に韓国が反発したことで日韓関係が悪化し、その影響は民間レベルに及び「日本製品不買運動」まで生じた。こうした社会情勢から、2019年はひとまず韓国での実態調査を控えることにした。そして、2020年には日韓関係も幾分改善するであろうと期待していたところ、新型コロナウィルスのパンデミックが生じ、現在もなお国際調査は未着手の状態である。 その一方で、国内調査は比較的順調であり、予定していたサンプル数には満たないものの、お客様相談室の代表者から極めて有益な質的データを収集することができた。また、上記の「研究実績の概要」では触れていないが、68社の企業の会社役員を対象に、「苦情対応体制の現状」(苦情対応マニュアルの有無、企業内の情報共有の有無など)に関する質問紙調査も実施している。これは組織体制自体に目を向けた極めて貴重なデータといえるが、まだ分析の途中であり、報告書の作成までは至っていない。また、実態調査についても結果の整理が滞っており、苦情対応の類型化は、2020年度の課題として持ち越すことになった。 そのほか、実態調査から派生的に生じた「お詫びの品の効果」に関するフィールド実験では、極めて興味深い結果が得られており、身体化認知の研究としても、苦情研究としてもさらなる発展が期待できる。さらに本実験では、どれだけ他者の失敗を許せるかといった「寛容傾向」も測定していることから、こうした個人特性による影響の違いも、今後は視野に入れて検討する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
上述したように、新型コロナウィルスの感染状況によっては、国際調査を中心に今後の予定をかなり変更せざるを得ない。しかし、ここでは一応2020年度の前半で、ある程度世界情勢が落ち着くものとして今後の推進方策を述べる。 2020年度は、まず研究実施計画に従い、「苦情行動傾向尺度」(苦情にいたる状況の分類/測定)と「苦情対応方略尺度」(効果的な対応策の分類/測定)の作成を第一の課題とする。具体的には、実態調査から生じたキーワードと、池内(2010)の「苦情に対する態度尺度」を参考に、予備的な尺度項目に置き換える。そして、調査会社のモニターの中で苦情経験のある成人男女にweb調査を実施し、今後の調査で用いる上記2種の尺度を作成する。今後の調査としては、例えば2021年度は「苦情対応方略尺度」を場面想定法に改訂し、苦情者と対応者間の正当性認知の比較検討を予定している。具体的には、異物混入や初期不良などの各場面において、苦情者と対応者の“正当”と思う対応内容について比較することを計画している。しかし、実態調査の結果の整理が滞っていることから、まずは尺度作成の前に2020年度に持ち越された「苦情対応の類型化」を完成させる。 また、2020年度は、同じく2019年度の積み残しである韓国での実態調査を試み、さらに2022年度は「感情労働」という観点から日米間で国際比較を行う予定である。しかし、国際調査に関しては、やはり社会情勢を鑑みると慎重にならざるを得ない。よって、以下の調査・実験への変更も視野に入れている。①現地で予定していた面接調査の代わりに調査会社のモニターを用いたweb調査に変更する。②2019年度に実施した「お詫びの品の有効性」をより多面的な視点から掘り下げる。②の場合、目的の方向性が変わることになるが、モノを媒介とするコミュニケーション効果を測る上でも意義ある研究と思われる。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由と、その具体的な使用計画については、上記の「今後の研究の推進方策」に基づいて順に述べる。まず、上述したように2019年度は日韓関係の悪化やコロナウィルスの感染拡大の影響で、国外での調査が実施できなかった。よって、社会情勢が改善すれば、まずは2020年度に持ち越された韓国での実態調査に取り組む予定である。そのため使用計画としては、「外国旅費」が挙げられる。また、調査方法には面接調査を予定しているため、現地ガイドに通訳・質問紙の翻訳などの作業を依頼する必要がある。したがって「人件費」と「その他」費用も相当額の支出が見込まれる。 また、もう一つ2020年度に持ち越された課題として、「苦情対応の類型化」がある。これに関しては、国内でさらなる実態調査(特に、お客様相談室の代表者への面接調査、一次対応者への質問紙調査)を行い、サンプル数を増やして分析に取り組む予定である。そのため、「国内旅費」と「人件費・謝金」にもかなりの費用が発生することが予想される。 しかし、いずれも社会情勢の改善が前提となる。もし、依然として国内外での実態調査(特に面接調査)の実施に制限がかかるならば、調査会社のモニターを利用したweb調査やお詫びの品に関する現場実験に切り替え、上記すべての費用を充当する方針である。そのほか、2019年度に購入できなかった本研究専用のPCの購入も検討している。
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