研究課題/領域番号 |
19K03217
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
池内 裕美 関西大学, 社会学部, 教授 (50368198)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 苦情 / クレーム / 逸脱的消費者行動 / 苦情対応 / カスタマー・ハラスメント / 苦情行動傾向 / 苦情対応方略 / 新型コロナウイルス |
研究実績の概要 |
本研究では、個人や社会に否定的結果をもたらす「逸脱的消費者行動」の中でも、特に「苦情行動」に焦点を当て、苦情行動者を典型的な発言や態度から類型化し、その類型に応じた適切な対応方略を見出すことを主目的とする。本年度は研究実施計画に基づき「苦情行動傾向尺度」と「苦情対応方略尺度」の作成、および社会的要請に応じて「コロナ禍におけるカスタマー・ハラスメント(カスハラ:顧客からの著しい迷惑行為)の心理・実態調査」を行った。 まず、上記尺度の作成を目的として、クロス・マーケティング社のモニターから接客業従事者を対象に、20~70代の男女300名を抽出してweb調査を実施した。その結果、15項目からなる「苦情行動傾向尺度」が作成され、苦情行動者は次の5つのタイプに分類できることが見出された。1)自己正当化・激高型、2)被害意識・自責型、3)解決志向型、4)権威主義型、5)社会的制裁・威嚇型。一方、「苦情対応方略尺度」は13項目からなり、顧客との葛藤解決方略として3つのスタイルが見出された。1)自己譲歩型(可能な限り顧客の要求に答えようとする方略)、2)強制型(可能な限り対応者側の主張を通そうとする方略)、3)回避型(直接的な葛藤を避けようとする方略)。 また、コロナ禍でのカスハラの現状についても検討するべく、ACAP(消費者関連専門家会議)の会員企業にて、主に一次対応に従事している30~60代男女93名を対象にweb調査を実施した。その結果、35名(37.7%)が、コロナ禍でカスハラが増えたと認識していることが示された。また、その特徴としては、「苦情ともいえない些細な要求が増えた」(58.1%)、「感情的な苦情が増えた」(51.6%)、「些細なことで激高する人が増えた」(47.3%)を挙げる人が多く、コロナ禍では些細なことでキレて感情的になり、取るに足らない要求が増えることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
上記のように評価した理由は、2019年度から持ち越された課題「韓国での苦情の実態調査」が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、依然として滞っているからである。韓国は日本以上に苦情問題が深刻であるため、対応者を保護するための法整備が進んでいる。よって本研究では、韓国にて一次対応者に面接調査を行う予定であった。しかし、未だ日韓の政治的関係は不安定であり、新型コロナウイルスも収束の兆しすら見えない。 その一方で、国内調査は比較的順調であり、計画に挙げた「苦情行動傾向尺度」と「苦情対応方略尺度」の作成は概ね達成することができた。“概ね”というのは、「苦情対応方略尺度」に幾分検討の余地が残されているからである。この尺度は、そもそも2次元5スタイル(自己譲歩、強制、回避、統合、妥協)からなる「対人葛藤方略」を参考に作成されたものである(e.g., Rahim & Bonoma, 1979)。しかし、「研究実績の概要」欄でも述べたように、本来は5つのスタイルのはずが本研究では3つに集約され、統合方略と妥協方略は見出されなかった。この結果が、対顧客場面での葛藤スタイルとして一般化できるか否かについては、さらなる検討を重ねる必要がある。 また、昨年度は社会的要請に答えるべく、小規模ではあるが「コロナ禍におけるカスハラの心理・実態調査」を実施した。その結果、自粛疲れや感染不安などのストレスが人々の怒りの沸点を下げ、些細なこと(釣銭の渡し方が悪い、マスクで声が聞こえにくい等)でカスハラに至るといった関係性が考察された。さらに、これら研究結果を基に、コロナ禍でのカスハラ防止策として次の3点が提示された。1)感染防止対策の可視化と共有、2) (在庫の有無や入荷日等)商品情報の可視化と共有、3)対応可否基準の明確化と共有。こうした具体的な対策案が示されたことは、本研究の大きな社会的貢献の一つといえる。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度は、2020年度中にはコロナがある程度収束することを前提に、国際調査に関する方策を述べた。しかし現状を鑑みると、本研究課題の期間内(~2022年度)は、おそらく海外での現地調査の実施は難しいものと思われる。その一方で、コロナ禍という未曽有の事態に陥ったことで、新たな課題が生じたのもまた事実である。よって、今後は実施可能性を最優先に考え、一部計画を変更して進めることにする。 2021年度は、まず「苦情行動傾向尺度」と「苦情対応方略尺度」の精緻化を試みる。そして、その上で研究実施計画に従い、「苦情行動者(以下、苦情者)の類型別苦情対応に関する検討」を第一の課題とする。具体的には、上記尺度を関連付けて分析し、苦情者のタイプごとに適切な対応スタイルを検討する。 また、第二の課題としては、「苦情者と対応者のコミュニケーションギャップに関する検討」が挙げられる。これは「苦情対応方略尺度」を場面想定法に改訂し、異物混入や初期不良等の場面において、苦情者と対応者間でいかに正当性認知(“正当”と思う対応内容)が異なるのかを比較検討するものである。 続く2022年度は、2019年度から持ち越された韓国での実態調査の実施と、「感情労働」という観点から日米韓での国際比較調査を計画している。しかし、コロナウイルスの影響で、渡航はおろか予定していた企業から調査協力を得ること自体が難しくなってきた。したがって、以下の内容に変更することも視野に入れる。①企業の協力を得る代わりに調査会社のモニターを用いたweb調査に変更する。②「コロナ禍におけるカスハラの心理・実態調査」をより大規模サンプルにて実施する。②の場合、目的の方向性が変わることになるが、コロナ禍の現状を逆手に取った社会的意義の高い研究であるといえる。また、状況によっては、②の調査と2021年度の第二課題の実施時期を入れ替える可能性もある。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由とその具体的な使用計画については、「今後の研究の推進方策」欄に記した内容に基づいて順に述べる。 まず、上述したように2020年度は日韓関係の悪化や新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、予定していた韓国での実態調査を中止せざるをえなくなった。したがって、そのために計上していた「外国旅費」や現地ガイドの「人件費」、質問紙の翻訳作業にかかる「その他」費用が、そのまま持ち越される形になった。しかし、コロナ禍の現状を鑑みると、おそらく海外での現地調査は2021年度も難しいため、今後の状況をみて2022年度に実施の可否を再検討したいと思う。したがって、2021年度は「外国旅費」をはじめ、国際調査と関連する費用は計上していない。 その代わり、より緊急性と社会的重要性の高い「コロナ禍におけるカスハラの心理・実態調査」に切り替え、複数の業種を対象に大規模サンプルにてweb調査を実施する。それにあたり、クロス・マーケティング社のモニターを利用するため、業務委託費として「その他」費用に相当額を充当する必要がある。また、研究実施計画に基づくと、2021年度は他にも2つの調査を実施する予定のため、「国内旅費」や「外国旅費」をはじめ、コロナの影響で当面使用が困難になった費用を、これらの調査に全て充当する方針である。
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備考 |
そのほか2020年度は、メディアで本研究(苦情、カスハラ)に関する内容やコメントが取り上げられた回数は30回であり、企業・団体等にて行った講演(招待講演)は11回にのぼっている。
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