研究課題/領域番号 |
19K03217
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
池内 裕美 関西大学, 社会学部, 教授 (50368198)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 苦情 / クレーム / 逸脱的消費者行動 / 苦情対応 / カスタマー・ハラスメント / 苦情行動傾向 / 苦情対応方略 / 感情労働 |
研究実績の概要 |
本研究は、逸脱的消費者行動の中の「苦情行動」に焦点を当て、苦情行動者を典型的な発言や態度から類型化し、その類型に応じた適切な対応方略を見出すことを主目的とする。2022年度は、コロナ禍での苦情行動やカスタマー・ハラスメント(カスハラ)の実態を把握すべく、株式会社髙島屋・大阪店の全面的協力を得てお客様相談室の室長様への面接調査と現場従業員への質問紙調査を実施した。 面接調査では、「コロナ禍でのカスハラの実態」、「悪質クレームに対する考え方」などについて、約90分にわたりオンラインにてヒアリングを行った。その結果、コロナ禍の百貨店は営業時間の制限もあって苦情は激減したが規制緩和とともに徐々に増加しつつあること、近年では高齢男性からの権威的態度や高齢女性からの過剰なサービスの要求などが深刻化していること、さらに悪質か否かの境界線については「瑕疵の有無」を基準にしていることなどの知見が得られた。 質問紙調査は、店頭で接客にあたる20~60代までの従業員男女119名を対象として実施した。質問内容は、具体的なカスハラ体験や職場環境に関する項目に加え、前年度までに作成した「苦情行動傾向尺度」と「苦情対応方略尺度」を用いて、苦情行動者と対応方略の類型化を試みた。その結果、本調査では苦情行動者として次の3タイプが見出された。1)自己防衛・自責型、2)権威主義・激高型、3)責任追及・威嚇型。また、葛藤解決方略として4つのスタイルが見出された。1)回避型(直接的な葛藤を避けようとする方略)、2)強制型(可能な限り対応者側の主張を通そうとする方略)、3)統合型(両者が受容できるような解決策を図る方略)、4)相互妥協型(両者が譲歩して妥協点を見つけようとする方略)。また、両者の関係性については、自己防衛・自責型には統合型スタイルが、権威主義・激高型には強制型スタイルが用いられる傾向が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
上記のように判断した理由は、過年度に実施予定であった日米韓での国際間比較研究(感情労働傾向の国際間比較、苦情行動類型・苦情対応類型の国際間比較)が、依然として滞っていることによる。その理由として、昨年度の報告書に記したように、新型コロナウイルスの感染拡大や世界情勢悪化の影響で、現地での調査の実施が困難になったことに加えて、サービス業の在り方自体が計画時と比べて大きく変わったことなどによる。そのため、調査方法や調査国などを見直し、“米国でのweb調査”に計画を変更したが、2022年度は翻訳のみを行い実査まではいたっていない。ただし変更後の計画では、実査については2023年度に行う予定であるため、計画自体は大きく遅れていないといえる。 一方、国内調査は比較的順調であり、変更後に掲げた「企業のカスタマー・ハラスメント対策の現状に関するデータの収集」については、日本百貨店協会や日本スーパーマーケット協会などの会員社を中心とする多くの企業の協力が得られ、ほぼ達成できたといえる。たとえば百貨店業界では3割程度の企業しかカスハラ対応マニュアルを作成していないこと、約半数の企業では被害を受けた従業員の相談窓口が整備されていないことなどが明らかとなり、今後解決すべき方向性が示唆された。また、こうした結果を講演活動や研修、メディアからの取材を通して広く現場にフィードバックできた点も功績の一つといえる。 しかし、社会貢献を重んじるがあまり、論文として発表しきれていない部分もあり、これらの研究成果の整理は2023年度の課題の一つといえる。また、これまで収集したデータについても分析しきれていない部分も多く、さらなる検討の余地が残されている。以上の点を踏まえ、現在までの進捗状況については“やや遅れている”という判断が妥当といえる。
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今後の研究の推進方策 |
延長期間である2023年度は、コロナ禍でこれまで先送りにしていた国際間比較研究を中心に行う。当初の計画では、日米韓の3カ国を訪れて調査を行う予定であったが、上述したように国際情勢やサービス業の在り方の変化などを考慮し、米国に対象国を絞ってデータの収集方法もオンラインに変更する。よって米国でのweb調査の実施が第一の課題となる。 具体的な実施方法としては、株式会社クロス・マーケティングの米国モニターの中で接客を伴うサービス業従事者200名を対象に、「感情労働傾向」および「苦情行動類型」「苦情対応類型」についてweb調査を行う。「感情労働」とは、適切な感情管理をも職務の一部とせざるを得ない種類の労働を指す。本課題の実施には、過年度に作成した「感情労働尺度」、「苦情行動傾向尺度」、「苦情対応方略尺度」を英語に翻訳する必要があるが、現時点では後者二つの尺度については完了しており、あとは「感情労働尺度」を翻訳すれば英語版の質問項目が完成する段階にある。 第二の課題としては、国内での同様の調査の実施が挙げられる。既に日本では、2020年度にサービス業従事者を対象にweb調査を行っているが、コロナ禍とコロナ明けではカスハラに対する態度や行動が変化している可能性が考えられる。したがって、より正確に比較検討するには、日本でも米国と同時期に同様の調査を実施する必要がある。なお、再調査の実施により、結果の再現性や一般化についても考察することが可能となる。 さらに第三の課題としては、2023年度は本研究課題の最終年度でもあるため、これまでの研究成果を整理し、論文として発表することが挙げられる。新たなデータを収集する一方で、これまで取得した苦情対応者、および苦情行動者のデータをより多面的な視点から分析・整理し、積極的に成果発表していきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由とその具体的な使用計画については、「今後の研究の推進方策」欄に記した内容に基づいて順に述べる。 まず、上述したように2022年度も国際間比較に関する調査の実施を先送りすることになった。したがって、そのために繰り越し計上していた「外国旅費」や現地ガイドの「人件費」などの費用が、そのまま持ち越される形となった。また、国外での学会発表のための「外国旅費」も、依然としてオンライン開催となり参加を見送ったため、同様に未使用の状況である。さらに2022年度に行った調査は、いずれも各企業・各協会の厚意によって実施したため、謝金や業務委託費等の調査関連費用が発生しなかった。そのほか、質問紙の翻訳作業は業者に委託するのではなくアルバイトを雇用したため、こちらも相当な経費削減となった。 上記の理由により、2022年度はほとんど経費を使用せずに研究を遂行したため、「次年度使用額」はかなりの多額となっている。しかし2023年度は、調査会社のモニターを利用して、米国と日本の両国でweb調査の実施を計画している。研究と関わる本質的な作業(項目作成やデータ分析等)は研究者自身が行うにしても、システムの構築やサンプリングなどを業務委託するだけで相当な金額が必要となる。したがって使用計画としては、残額のほぼすべてをこれらのweb調査関連の経費に充当する予定である。
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備考 |
上記で挙げた業績以外に、2022年度は「月間コールセンタージャパン」への寄稿が6回あるほか(連載:カスタマーハラスメントの「処方箋」、6月号~11月号)、メディアで本研究(苦情、カスハラ)に関する内容やコメントが取り上げられた回数は12回、企業・団体等にて行った講演(招待講演)は13回にのぼっている。
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