研究実績の概要 |
本研究は,芸術家の創造的な熟達過程の一端をとらえることを目的に実施された.創造的な熟達過程においては,芸術家が用いている「芸術創作プロセスのずらし」(e.g., 岡田ら,2007)と,創作活動の経験等を振り返り捉え直す「省察」(e.g., Schon, 1983) が重要な役割を担うと考えられる.ずらしは,既存の知識やこれまでの経験を踏まえて新しいことを考える等,多くの場面で人間が用いている通常の認知操作である.特に芸術的創造活動の中では,前の作品から何らかの要素を変更(ずら)して新たな作品や作品シリーズの制作が熟達者ほど頻繁に行うことが示されている(e.g., 横地・岡田,2007; Yokochi & Okada, 2021).省察も,自らの活動を振り返り,自らの特徴等を理解し,改善等を行うことであり,熟達にとって欠かすことができない.本研究は,創作におけるずらしがどのような省察を芸術家にもたらすのかを,心理実験を用いて検証を試みた.本年度は,現代アーティストを対象にドローイング制作の実験を実施した.実験ではドローイングを制作しながら考えていることを発話する,発話思考法を用いるとともに,制作直後にドローイングの意図などについて内省報告を収集した.また,後日改めてインタビュー調査を実施し,実験でのドローイング制作の振り返り,普段の制作との違い等について回答を得た.加えて,これまでの作品制作についてポートフォリオインタビューを実施し,作品展開を分析するための情報を収集した.今後は,得られたデータに基づき,ずらしと省察の観点から制作過程の展開等について分析を実施する予定である.
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