研究課題
本研究の目的は,腹側被蓋野(VTA)から終脳辺縁部に投射するドーパミン(DA)システムが,学習された目標指向行動(たとえば,報酬を得るためにはたらく,など)のモチベーションをどのように制御しているのか,解明することである。そのために,実験心理学や行動経済学の知見を融合し,げっ歯類の新たな行動タスクを設計・開発するとともに,標的ニューロン/投射回路の活動を可逆的に亢進/抑制するためのケモジェネティクス技術を開発・最適化する。両者を併用して,神経基盤の活動と行動表現型の間の因果的関係を,具に観察する。3年の研究期間を予定している。初年度にあたる2019年度には,まず,Drd2-Creラットを用いたVTA DA投射経路(起始核と軸索終末)を組織化学的に同定した。これにより,本プロジェクトの戦略の妥当性を確認するとともに,標的DAニューロンの投射マップを詳しく理解することができた。ニューロンの活動操作を可能にするケモジェネティクス受容体を,同様の戦略で発現誘導するための条件検討をおこなった。さらに,行動経済学的な視点をラットのオペラント条件づけの強化スケジュールに導入し,モチベーションに関連するパラメータの推定を可能にする新たなタスクを開発した。本プロジェクトはこれまで計画どおりに進行しており,その成果を踏まえた今後の予定として,2020年度には,ニューロン活動の興奮性制御系を用い,生化学的手法により機能的回路を同定するとともに,抑制性制御系を用いてVTA DAニューロンの活動を抑制し,モチベーションへの行動的影響を検討する。さらに2021年度(最終年度)には 抑制性制御系を用い,モチベーションを制御する投射経路を同定しつつ,興奮性制御系も援用してモチベーションへの行動的影響をさらに詳細に検討する。
2: おおむね順調に進展している
行動タスクとして,空腹にしたラットのレバー押しを餌ペレットにより強化する累進比率スケジュールを基礎として,コスト(=価格,1ペレットを得るために必要な平均レバー押し数:エフォートの尺度)の関数としての需要(ペレット獲得量:消費の尺度)を曲線データとして取得,これを分析することでモチベーションに関連するパラメータの推定を可能にするタスクを開発した。実際にこの新スケジュールでラットを訓練し,効率的にパラメータ推定が可能であることを明らかにした。本プロジェクにおいては,所属研究室が独自に開発したDrd2-Creラットを用いる。このラットは,遺伝子組み換え酵素CreをドーパミンD2受容体のプロモータ制御下で発現させるトランスジェニック動物である。したがって,D2受容体を自己受容体として有するDAニューロン特異的に導入遺伝子発現を誘導可能である。本プロジェクトの戦略は,Drd2-CreラットのVTAにCre依存的に導入遺伝子を発現誘導するAAVベクターを注入し,ケモジェネティクス受容体をVTA DAニューロンに発現誘導する,というものである。2019年度はこの戦略の妥当性を確認しつつ,D2陽性DAニューロンの終脳辺縁部への投射パターンを明らかにするために,Drd2-CreラットのVTAに,Cre依存的に緑色蛍光色素(GFP)を発現誘導するAAVベクターを微少注入し,起始核および軸索終末におけるGFPの発現を観察した。すなわち,本プロジェクトが採用する戦略により,期待された遺伝子導入が可能であることを明らかにした。
2020年度は,ニューロンに活動亢進を誘導する興奮性ケモジェネティクスツールを用い,生化学的手法によりDAの機能的回路を同定するとともに,抑制性ケモジェネティクスツールを用いて,ラットの目標指向行動のモチベーション制御への影響を検討する。興奮性ケモジェネティクスツールとして,ショウジョウバエより単離したイオノトロピック受容体(IR84a/8a複合体)を利用したINTENSテクノロジー (Fukabori, Iguchi,..., Kobayashi, et al. 投稿中)を用い,リガンド依存的に陽イオンをニューロン内に流入させ,標的ニューロンの活動亢進を誘導する。この手法によりDAニューロンの活動を亢進させたとき,その軸索終末からDA遊離が誘導される領域を,機能的回路として推定する。線条体の腹側部(側坐核コア/シェル)や背側部(dorsomedial striatum)を中心に,脳内微少透析法により細胞外DA濃度を測定して,領域間比較をおこなう。抑制性ケモジェネリクスツールとして,センチュウ由来のイベルメクチン開閉性陰イオンチャネル(GluCl)を用いる。リガンド依存的に陰イオンを細胞内に流入させるこのチャネルをVTA DAニューロンに発現誘導し,リガンド依存的に活動抑制を誘導,オペラント行動のモチベーション関連パラメータへの影響を検討する。2021年度は,上記の抑制性ケモジェネティクスツールを用いて,モチベーションを制御する投射経路のより詳細な同定に挑戦するとともに,興奮性ケモジェネティクスツールを用いてニューロン活動を亢進させ,モチベーションへの行動的影響を詳細に検討する。
研究を進めていく上で必要に応じて研究費を執行したため,当初の見込み額と執行額に差額が生じた。しかしながら,研究計画やその進捗見込みにおいて大きな変更はなく,おおむね計画どおりに進行している。前年度の研究費も含め,2020年度も当初予定通りの研究を進める計画である。
すべて 2019
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Frontiers in Cellular Neuroscience
巻: 13 ページ: 1-9
10.3389/fncel.2019.00547
bioRxiv
巻: -- ページ: --
10.1101/831313