近交系マウス(C57BL/6NCrSlc)の情動を非侵襲的に測定する新たな方法を開発するために、未知の他個体提示(隣室に提示される刺激個体が同性の場合の同性条件と異性の場合の異性条件)や毒物提示(塩化リチウム溶液の腹腔内投与による中毒条件と、その後同じ環境を提示する再提示条件)とを設定した。各条件は10分間で、実験は全て防音室内に設置したアクリル製ボックス内で実施した。被験体マウス(n = 24)に関して、行動データ(ANY-mazeを用いた動画解析)、頭部の表情(ImageJを用いた画像解析)、超音波発声(MATLABとUSVSEGを用いた超音波発声数の自動計測)、体表面温度(IRSoftによる赤外線サーモグラフィー画像の計測)の4種類のデータを収集した。具体的な測定指標は以下のとおりである:行動(移動距離、不動頻度、凍結反応頻度、刺激個体側壁への接近頻度)、表情(目の縦横比、耳の角度、顔の傾き)、超音波発声(ピーク周波数別の発声頻度)、体表面温度(最高温、眼球部温度、肩甲骨部温度、尻尾部温度)。これらを全て1分毎のデータにまとめた上で、条件ごとに10分間の時系列分析(反復測定相関と次数1のグレンジャー因果)を行った。その結果、多数の指標間に有意な相関と因果性が認められた。例えば、メス同士の場合は刺激個体への接近と超音波発声の頻度に正の相関がみられるが、異性の場合には相関がみられないことや、体温変動が起きた後に行動の変化が起きる関係性などが示唆された。ただし、時系列分析の結果が膨大であるため、引き続き情報集約の方法を模索中である。一方、表情については測定方法は確立できたが、明確な結果は得られておらず、実験条件や分析手法について引き続き検討している。まとめると、本研究で使用した4つの指標はいずれも情動指標として有用だと考えられるが、有効な情報集約の方法論が必要である。
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