研究課題/領域番号 |
19K03494
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
高津 飛鳥 首都大学東京, 理学研究科, 准教授 (90623554)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 凸性・凹性 / 熱流 / 情報幾何 |
研究実績の概要 |
エントロピーはダイバージェンスやリーマン計量などの情報幾何構造を導く。しかし近年、Jan NaudtsとJun Zhangはこの導出法が唯一でないと疑い、エントロピーのゲージ不定性現象、すなわちエントロピーが複数の情報幾何構造を与えることがあると提唱した。申請者は石毛和弘氏とPaolo Salani氏との共同研究おいて導入した新しい凹性の概念を、情報幾何構造に応用することによって、松添博氏とエントロピーのゲージ不定性現象の初の具体例を与えることに成功した。 また松添氏との他の共同研究により、フィッシャー計量とは異なる不変性を有する確率単体上のリーマン計量を構築した。情報幾何における多様体の典型例は確率単体のなす多様体である。そして1970年代の Nikolai N. Chentsovの発見以来、確率単体上の情報幾何構造として、独立同分布な試行に適した不変性を有するリーマン計量であるフィッシャー計量が重要視されてきた。松添氏との共同研究では、独立同分布でない試行に適しているであろう不変性を有するリーマン計量を確率単体上に構築した。 またラプラシアンの第一固有関数が満たす対数凹性以外の凹性の可能性を探る中で、石毛氏とSalani氏との新たな共同研究により、リーマン多様体内の回転対称な領域における第一固有関数の冪凹性を解析をした。1989年のYing Shihの結果により双曲平面内のある凸領域における第一固有関数はいかなる凹性も満たさないことが知られているので、リーマン多様体上の第一固有関数の凸解析では領域を適切に選ぶ必要がある。石毛氏とSalani氏との共同研究は、双曲空間を含むリーマン多様体における第一固有関数の凸解析に適切な領域の決定に役立つことが見込まれる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
確率測度のなす空間上の相異なる幾何であるWasserstein幾何と情報幾何において、ボルツマンエントロピーは中心的な役割を果たす。そこでこの二つの幾何の融合による幾何解析を目指す本研究において、ボルツマンエントロピーに関わる性質を調べることは重要である。 ボルツマンエントロピーが導く発展方程式は熱流であり、ユークリッド空間の熱流において初期関数の対数凹性が保たれることは既知であった。また対数尤度に見られるように、情報幾何において対数関数は理論の基礎土台を築く。 申請者は石毛氏とSalani氏との共同研究において、ユークリッド空間の熱流で保存される初期関数の凹性を調べるために、一般化された平均を用いて関数の凹性の概念を冪凹性を含む形で拡張した。この一般化された平均は情報幾何におけるNagumoーKolmogorov平均に対応する概念であるが、情報幾何の文脈において一般化された平均がどのような性質を有するのかの議論はほとんどなされていなかった。よって石毛氏とSalani氏との共同研究における一般化された平均の性質に関する議論は、情報幾何に新しい理論をもたらしうる。実際に、一般化された平均の一つである1/2-対数平均を用いることで、松添氏とエントロピーの不定性現象の具体例を与えることに成功した。 1/2-対数平均はユークリッド空間の熱流で保存される初期関数の凹性と密接に関わり、そして初期関数の対数凹性がユークリッド空間の熱流で保存される事実はWasserstein幾何を用いて導くことができる。よって1/2-対数平均は情報幾何だけではなくWasserstein幾何においても重要な役割を果たすことが見込まれる。今年度はその役割を明らかにすることができなかったために、進捗状況にはやや遅れが見られるが、情報幾何における新しい発見があったことは研究の基礎土台を築いたと言える。
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今後の研究の推進方策 |
松添氏との共同研究おいて構築したエントロピーのゲージ不定性現象の具体例に現れる1/2-対数平均に関連するダイバージェンスは、Wasserstein幾何において曲率次元条件と関連することが、ユークリッド空間の熱流における初期関数の1/2-対数凹性の保存則から推察される。そこでまずはこの関連性を究明することによって、Wasserstein幾何における新たなる凸性の理論の構築を目指す。特に、等周不等式よりも強い不等式であるBrunnーMinkowski不等式を1/2-対数平均に適した形で述べることを目標の一つとする。 また、石毛氏およびSalani氏との共同研究によって明らかにしたリーマン多様体内の回転対称な領域上の第一固有関数に対する冪凸性は、熱流における初期関数の対数凹性の保存則を導く。よってこの議論を発展させ、より一般的な領域上の熱流において初期関数の対数凹性が保たれることを曲率次元条件の観点から解析することを目指す。 一方で、松添氏との共同研究で構築した確率単体上のフィッシャー計量とは異なるリーマン計量は、独立同分布ではない試行、とりわけ冪分布に関連すると推測されるので、この点に関して考察を進める。特に、独立同分布な試行に対応する確率分布は正規分布であり、正規分布の尤度を測るには対数尤度が適切であるという議論を、この独立同分布ではない試行に展開することを試みる。さらにフィッシャー計量およびこのリーマン計量以外に不変性を有する確率単体上のリーマン計量が存在しないかを模索し、これらのリーマン計量を一般の統計モデル上に拡張することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
物品の値段が変わったため次年度使用額が生じたが、少額であるために特段の使用計画は立てない。
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