研究課題/領域番号 |
19K03545
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
伊藤 宏 愛媛大学, 理工学研究科(工学系), 教授 (90243005)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ディラック作用素 / レゾナンス / 固有値 |
研究実績の概要 |
ディラック作用素は,相対論的量子力学における重要なハミルトニアンであり,そのスペクトル構造を数学的に解析することは,量子力学の誕生以来,物理学や数学における主要なテーマの1つである。遠方で減衰するポテンシャルの場合には,非相対論的量子力学でもっとも重要なシュレーディンガー作用素と同じような解析手法を用いて,その構造が研究されてきた。ところが,遠方で発散する場合には,シュレーディンガー作用素が離散スペクトルのみをもつにもかかわらず,ディラック作用素は,(適当な条件下で)実軸全体をスペクトルとしてもち,そのスペクトルは絶対連続スペクトルのみからなる。一方で,光速を無限大にする極限(非相対論的極限)では,実軸全体のスペクトルが,あるシュレーディンガー作用素の離散スペクトルに劇的に変化する。この構造の背景には,複素化したディラック作用素の固有値(レゾナンス)の存在がある。この研究ではレゾナンスの複素平面での漸近分布を調べることを目標としている。非相対論的極限による考察から,レゾナンスは,大きく分けて3つの領域に分布していると推測される。1つの領域は,遠方で無限大に発散するポテンシャルをもつ相対論的シュレーディンガー作用素の固有値に対応する領域,2つめは,遠方で負の無限大に発散する相対論的シュレーディンガー作用素のレゾナンスに対応する領域,3つ目はこれら2つの作用素の相互作用に対応する領域である。この問題は,システムでありかつ非自己共役である作用素の固有値問題という複雑さをもっているので,本年度は,これらの作用素をスカラーの自己共役作用素の問題に置き換えて,レゾナンスの分布の解析を行なった。さらに精密な評価が必要であるが,主要項は,ワイルタイプの漸近挙動に類似した漸近挙動を示していると思われる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
遠方で発散するポテンシャルをもつシュレーディンガー作用素の場合には,その固有値の漸近分布が様々な方法で解析されている。この場合には,固有値は実軸にしか存在せず,無限大に向かう固有値の分布を調べるだけでよい。また,自己共役作用素であることからスペクトル分解定理などの強力な道具を用いることが出来る。一方,ここで考えている複素化したディラック作用素は非自己共役作用素であり,さらにシステムである。固有値も複素平面内に分布していて,その全体像がつかみにくい。スペクトル分解定理も使うことが出来ない。そこで,複素化したFWT変換を用いることで,複素化したディラック作用素を2つの相対論的シュレーディンガー作用素の直和と剰余項に分解し,まず2つの相対論的シュレーディンガー作用素を解析して,その後剰余項の解析を行うという計画である。相対論的シュレーディンガー作用素も複素化されているので,非自己共役作用素となり,通常の自己共役作用素で用いられる手法を用いることが出来ない。そのため,本年度は最初のステップとして,作用素とその共役との積からなる自己共役作用素を作り,その漸近分布を知らべ,さらに精密な計算が必要ながら,ワイルタイプの漸近挙動が得られることを確認した。同時に,非自己共役作用素のレゾルベントの挙動についても解析を行っている。この研究は近年活発に研究されている分野であり,情報収集や他の研究者の論文の解析を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
研究代表者が,主に研究を進めるが,必要に応じて,対面または遠隔により,研究協力者である田村英男氏(岡山大学名誉教授,固有値の漸近分布の解析),山田修宣氏(立命館大学名誉教授,ディラック作用素の解析),岩塚明氏(京都工芸繊維大学名誉教授,固有値の漸近分布の解析)のアドバイスを受けながら進めて行く。さらに,研究集会などが開催された場合には,(可能なら研究協力者とも)積極的に参加して講演や他の参加者との議論を通じて情報を収集する。また,関連する研究者を招いて,セミナーなどを開催する。ネットワーク等を用いた研究遂行が必要になることも考えて,必要な情報機器を購入する。必要な書籍の購入も行う。その上で,具体的には次のステップを考えている。 (1)複素化した相対論的シュレーディンガー作用素の絶対値である自己共役作用素の固有値の漸近分布の精密な結果を求める。 (2)複素化した相対論的シュレーディンガー作用素の複素平面全体での固有値の分布を精密な形で求める。このときに,スペクトルパラメータが大きい場合のレゾルベントの漸近評価が後で必要になるので,詳しく解析する。 (3)(2)で解析したレゾルベントの漸近挙動の結果を用いて,最終目標である複素化したディラック作用素の固有値の複素平面全体での分布を求める。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由:(1)予定していた研究協力者の出張が取りやめになった。(2)予定してた研究集会への出張が,自身の負傷および新型コロナウイルスによる研究集会の中止等で,取りやめになった。(3)情報収集や数値計算のための計算機の購入が新型コロナウイルスによる影響で不透明になったので,次年度以降の購入としたため。
使用計画:今後遠隔による研究の推進が行われると思われるので,新型の計算機が登場したら購入する予定である。また,研究集会などが開催され,出張も自由に行けるようになれば,積極的に研究集会に参加予定である。
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