研究実績の概要 |
本研究計画は、細胞質内で拡散する化学種(v、抑制因子)と細胞膜上で反応し拡散する化学種(u, 活性化因子)が細胞膜上で相互作用するシステム(1個の細胞を想定したもの)の時間発展を力学系理論の視点で調べることを目標として立案された。 このシステムを数理モデル化するための数学的な設定として領域D(細胞質を表現する)とその境界G(細胞膜を表現する)を考え、D内で拡散を行う成分vとG上で反応し拡散する成分uがG上で非線形相互作用を行う初期値・非線形境界値問題の解(u(t,x), v(t,y))の挙動を解析することを目指した。ここで、xはDの点であり、yはGの点である。最初に取り組んだ課題は、この系の定数定常解(細胞の一様な状態に対応する)が非線形相互作用の下、活性化因子と抑制因子の拡散係数の大きさの違いにより不安定化を起こすか否かの研究を行った。これは、細胞が様々な機能を発揮する前段階として現れる一様な状態から非一様な状態が出現する現象、所謂、細胞極性の発現が数理モデルで説明できるか否かを問う問題である。力学系の用語では、定数定常解がTuring不安定化を起こすかを解析する問題である。定数定常解が線形不安定化を示すことは、細胞が一様状態から極性を発現した状態へ遷移する際の機序を捉えていると解釈できる。活性化因子uの拡散係数が抑制因子vの拡散係数より小さくなる時、実際に従来の古典的Turing不安定化のシナリオと同様の線形不安定化が一次モードから高次モードへと次々と起こることを証明した。技術的な困難のため、Dが円盤または球体でGが円周または球面の場合に数学的な証明が完成している。D, Gがこのような特別な幾何形状の時に、変数分離の手法と固有値の変分法的な特徴付けを効果的に適用できることが証明成功の鍵である。この成果は論文にまとめて投稿し、2020年6月に査読付き雑誌に掲載された。
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