研究課題/領域番号 |
19K03573
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
山田 義雄 早稲田大学, 理工学術院, 名誉教授 (20111825)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 自由境界問題 / 反応拡散方程式 / 数理生態学 / 漸近挙動 / spreading / 双安定反応項 |
研究実績の概要 |
2019年度に研究した自由境界問題は、生物の個体数や生息領域の変化を数理モデルとして定式化したものである。具体的な数理現象としては、外来生物の侵入や生物の移動などが挙げられる。生物の個体数密度と生息領域を未知関数とし、個体数変化は反応拡散方程式によって表され、ステファン型境界条件により生息領域境界の動きが記述されるとする。このタイプの自由境界問題は2010年にDu-Lin 両教授が提起して以来、多くの研究成果が得られている。数学的に重要な問題は、解の時間無限大での挙動を知ることである。とくに、生物の繁殖に至る spreading 現象がいかなる状況で発生するか、その場合個体数や生息領域が時間とともにどのような様子で変化するかを調べることが興味あるテーマである。 今回考察した反応項は、正値双安定な関数である。この関数は2個の安定な正値平衡点を持ち、とくに大きい平衡点は生物の大発生状態に相当する。問題を1次元空間において解析すると、解の挙動は4つのケースに分類できることが我々の研究グループにより証明されていた。新たに加えられた主要知見は、2種類の big spreading と small spreading 現象について、時間無限大における自由境界の拡大速度や個体数密度関数の形状変化を詳細に評価できたことである。自由境界はほぼ一定の速度で拡がり、個体数密度はほぼ一定の形状であたかも波(準進行波)が伝搬するように推移し、2種類の spreading に応じて、固有の速度と準進行波が定まることがわかった。これらは一般に安定平衡点に応じて定まる準進行波問題の解として定まる。ただし、大発生に対応する準進行波解が存在しない場合がある。この場合、小さい平衡点に対応する準進行波と大小二つの平衡点を結ぶ進行波解を結んで得られるテラス形状の関数が解の詳細な近似を与えることが証明できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2019年度に遂行した研究は、正値双安定な反応項を伴う半線形拡散方程式に対する一相自由境界問題の解について時間無限大での挙動を解析したことである。この反応項は大小2つの安定な平衡点を持ち、それぞれに対応して自由境界問題は2種類のspreading 現象をもたらす。Spreading 解について、自由境界の拡大速度や拡散方程式の解の形状変化を調べる際、準進行波問題の解が大きな役割を果たす。これらの準進行波やその速度が spreading 解の形状変化や自由境界の拡大速度について詳細な評価を与えることがわかった。しかし、大きい方の平衡点に対応する準進行波問題が解を持たない場合もある。数値シミュレーショによれば、その場合の spreading解はテラスを伴う形状に収束することが知られていた。今回、テラス形状の比較関数を構成することにも成功し、空間次元が1の場合には解の漸近挙動をほぼ完全に解明することができた。 これに続いて、2次元以上の空間における自由境界問題の研究に取り組み始めた。正値双安定な反応項を伴う反応拡散方程式を球対称環境で考える場合、一次元問題とどんな相違が現れるかを知ることも重要である。時間無限大における解の挙動について大まかな点では相違が現れないものの、自由境界の拡大速度の評価には空間次元が対数関数の形で微妙に関わることがわかってきた。これらの研究成果は、兼子裕大氏(日本女子大学)、松澤寛氏(沼津高専)との共同研究によって得られたものである。 上記のように一相自由境界問題を集中的に研究したため、当初の研究計画で予定していた二相自由境界問題や森林モデルの研究には着手することができなかった。
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今後の研究の推進方策 |
(1)多次元空間における自由境界問題: 正値双安定項を伴う反応拡散方程式に対する自由境界問題を多次元空間の対称領域において考察する。課題は、時間無限大での解の漸近挙動の解析であり、とくに2種類の big spreading 解とsmall spreading 解について、時間無限大における自由境界の拡大速度と解の形状変化の様子を準進行波問題の解を利用して正確に評価することである。解析に当たっては比較定理が重要な役割を果たす。球対称関数の形で比較関数を構成することがポイントとなり、詳細な計算が必要となる。とりわけ、テラスを伴う現象の解析には比較関数を構成するために複雑な議論と解析技法が必要となる。 (2)森林モデルの解析: 森林変遷のメカニズムを記述する数理モデルを提起、解析する。未知関数は、若木の密度、成長木の密度、種子の密度の3要素を表す関数である。若木から成長木になり、成長木から種子が飛散し、種子から若木が生育する。このサイクルに成長木の存在が若木の生育の阻害要因にもなり、種子の飛散は非線形退化型拡散に基づくという仮定を設けて定式化する。このとき、若木、成長木の密度変化はそれぞれ常微分方程式で表され、種子密度は退化拡散項を伴う反応拡散方程式により記述されると仮定する。このタイプの初期値境界値問題について、最初になすべきことは、非負初期関数を与えたとき、解(弱解)の存在、一意性など基本的結果を示した上、時間大域解の構成、解の一様有界性の評価などを示すことである。次になすべきことは解の定性的性質を調べることである。なかでも、興味あるテーマは解の有限伝搬性の解析である。時間が経過するにつれて、森林領域が拡大・減少どちらに向かうかを扱う数学的にも生態学的にも興味深いモデルであり、数学的には未開拓の研究テーマである。
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