研究課題/領域番号 |
19K03575
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
岩崎 克則 北海道大学, 理学研究院, 教授 (00176538)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 超幾何群 / 超幾何格子 / K3 曲面 / K3 格子 / 正則自己同型 / エントロピー / ホッジ構造 / シーゲル円板 |
研究実績の概要 |
本年度は超幾何群の研究を行い、更にK3曲面上の力学系への応用を開始した。超幾何群とは、一般超幾何微分方程式のモノドロミー群をモデルとする行列群である。我々の目標は、ある種の無限超幾何群を用いてK3曲面の正エントロピーをもつ正則自己同型を数多く構成することであった。そのために超幾何群論の基盤整備から始めた。 複素超幾何群はある条件下で不変エルミート形式をもつ。その指数を計算するために、群の生成元の固有値に対してクラスターという概念を導入し、これを用いて指数を表現する公式を得た。実超幾何群の場合にはトレース・クラスターという概念を導入し、より便利な指数公式を得た。更に整数超幾何群に対しては、超幾何群の作用で不変な偶格子、即ち超幾何格子を導入した。またそれがユニモデュラーとなる必要十分条件を与えた。 さて、K3曲面の中間コホモロジー群は交叉形式により階数22、指数-16のユニモデュラー偶格子となる。その上にはK3曲面の幾何により、ホッジ構造、正錐、ケーラー錐という三つ組がのる。これらを抽象化した概念がK3格子およびK3構造である。任意のK3曲面自己同型は、K3構造を保つK3格子自己同型を誘導する。逆にトレリの定理と周期写像の全射性により、K3構造を保つK3格子自己同型はK3 曲面自己同型に持ち上がる。 そこで、超幾何格子がK3格子となるのはいつか、そのとき、超幾何群の生成元がK3構造を保つ格子自己同型を与えるかという問題が生じる。我々はトレース・クラスターの概念を用いて、超幾何格子がK3格子となる必要十分条件を与えた。一方、生成元はK3構造を保つとは限らないが、ワイル群の元で補正することによりK3構造を保つ格子自己同型に改変することができる。我々は非射影的な場合に、この改変を実現するアルゴリズムを与えた。この方法により正のエントロピーをもつ非射影的K3曲面自己同型を多数構成した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
超幾何群とK3曲面上の力学系の研究は、大学院生の高田佑太と共同で行っている。これまでの成果をまとめた共著のプレプリント Hypergeometric groups and dynamics on K3 surfaces を執筆した。これをさらに改善するために何度かの改訂を行った。この作業も順調に進み、現在は最終版がほぼ完成の状況に達している。 今年度はコロナ禍のため、本研究に関係する、旅費を必要とする学術的会合の開催はなかった。しかし、情報通信環境の整備に伴い、学会や研究集会のオンライン開催が行われるようになった。そこで本研究のそれまでの研究成果をまとめて、2020年度日本数学会秋季総合分科会(9月)で「超幾何群からK3曲面上のSiegel円板へ」と題する発表、また超幾何方程式研究会2021(1月)において「超幾何群、K3格子、ルート系」と題する発表を行った。これらは高田との共同発表である。また当該研究の実施にあたって必要な知識や情報の収集を行うことができた。 正エントロピーをもつK3曲面自己同型の構成や、得られた自己同型がシーゲル円板をもつかどうかを検証するためには、超幾何群とK3曲面自己同型の理論的研究に加えて、コンピュータ上での計算が不可欠となる。これは、開発したアルゴリズムの中にルート系やワイル群の大規模な計算が含まれていることや、条件に適う円分多項式やサーレム多項式の組み合わせを、コンピュータを用いて探し出す作業が必要となるからである。そのために本科研費で PC一台および数学ソフト Mathematica を購入した。これが非常によく働いてくれたおかげで、たくさんの実例を作り出すことができ、研究が進展した。 以上の状況に鑑みると、本研究活動はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
上述のプレプリント Hypergeometric groups and dynamics on K3 surfaces では、超幾何群の理論の基盤整備、超幾何格子が K3格子となるための必要十分条件の確立、超幾何K3格子上のホッジ等長同型の研究、超幾何群の生成元をK3構造を保つよう改変する仕組みの開発など、K3曲面自己同型の構成に関する基本原理の確立が主な仕事であった。更にその効能を実証するために、K3曲面のピカール数が0の場合と12の場合に正エントロピーをもつ正則自己同型を多数構成して見せた。しかしこれらは、まだいくつかのパターンの例示にとどまっている。 今後の展開としては、開発した超幾何群の方法をフル適用して、格段に多くの正エントロピーをもつK3曲面自己同型を構成することである。即ち可能性のあるピカール数は0から18までの偶数となるが、そのすべての値に亘って自己同型が存在するかどうかを検証することが必要である。更に得られた自己同型がジーゲル円板をもつかどうかを考察することも重要である。そのためには、条件に適合したサーレム多項式や円分多項式の探索、関連する代数的数の取扱い、自己同型写像の固定点や周期点の存在保証、種々のレフシェッツ型正則不動点公式の適用など、理論的な考察および計算機実験を大規模に行う必要がある。これを実行するのが次のステップとなる。 さて、既に考察した超幾何格子は、整数上の非退化対称双線型形式をもつものであった。一方、設定を変更すると、超幾何群から、整数上の非退化歪対称双線型形式をもつ格子、即ちシンプレクティック格子が定義されると考えられる。この方面から超幾何群論を新たに展開することも、この先の目標となる。 得られた成果はオンライン研究集会等で発表していきたい。コロナ禍がもし改善することがあれば、本科研費を研究発表や研究連絡のための旅費として活用する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では交付額の約8割を旅費に計上していた。これは、当該研究においては、関連分野の研究集会への参加や、研究連絡のための旅費が経費の最も主要な部分を占めるからである。新型コロナウィルスによるパンデミックの発生以来、旅費を必要とする学術的会合や研究集会は軒並み中止となった。その後、情報通信環境の整備に伴い、研究集会は徐々にオンライン開催されるようになった。このような状況下で、今年度は一度も研究旅行に出かける機会がなかったため、旅費使用額は 0 円であった。これが次年度使用が生じた理由である。 本研究など数学の研究においては、やはり直接対面での研究発表や議論討論が大切であるため、次年度に、もしコロナ禍の状況が改善され、安全性が確保されれば、研究旅費として活用したい。一方、コロナ禍の状況が続けば、オンライン上で当該研究を続けるために必要な物品の購入に充てる。
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